「あーもーなんなのよこの記事は! いつ見ても腹が立つわねっ!」
会見後、
このまま荷物を持って帰宅してもよかったのだが、とっくに下校時間をすぎている。
例によって「送る。待っているんだ、いいな?」と星夜に釘を刺され、現在にいたる。
「言いたいことは言ったし、もうこれも見なくていいわよね。せいせいするわ、ふんっ!」
花梨はぷりぷりと怒りながら、スマートフォンの画面をタップ。会見でも晒し……取り上げた記事の投稿元を、ブロックした。
星夜が忠告していたし、今後いたずら電話やはた迷惑な取材はなくなるだろう。
「お疲れさまです、
「んん……? あらっ!?」
液晶画面とにらめっこしていたとき、ふいの声かけに、花梨は飛び上がった。
よく見慣れた栗毛の青年に、にっこりと笑いかけられていたからだ。
「
「事件のことが気になっていまして、僕も会見に参加させていただいたんです」
「えっ? 不破さんがですか?」
「ごぞんじないのもしかたないですよ。先生には、関係者以外立ち入り禁止と言われましたので」
「それなのに、どうやって……?」
「音響係をしていました!」
「……あぁ〜」
そうだった、と花梨は思い出す。
そしてなんでもそつなくこなしてみせるのだが、そのたびに花梨は「不破さんだからね」と魔法の言葉で納得していた。
(昨日の動画もそうだけど、会見で記者さんたち相手に喧嘩を売ってたの、見られたってことよね? わぁあ、恥ずかしいわ……!)
螢斗と話すときは、あんなに荒ぶることはない。
花梨は恥ずかしくて、両手で顔を覆ってしまう。
「ご自分の意見をしっかりと話されるおすがた、とてもすてきでしたよ」
それなのに螢斗ときたら、不意討ちにもほどがあることを言うのだ。
「愛木さんはお強いですね。僕なんかが心配しなくても、堂々としていらして」
「そんな……」
どこかさびしげな螢斗を前にして、花梨もつい、本音がこぼれる。
「そんなことはないです。私だって、ひとりでは無理でしたもの」
「……そうですよね。ごめんなさい」
螢斗が眉を下げて謝罪を口にする。かと思えば、腕を伸ばし、歩み寄ってきて。
「犯罪者を相手にしたんです、怖くないわけがありませんよね……」
「…………え?」
なにが起きたのか、花梨はしばらく理解できなかった。
「僕も現場にいて、愛木さんを元気づけられたらよかったのに」
背中に回された腕の感触で、花梨はようやく抱きしめられていることを理解する。
……抱きしめられている? 螢斗に?
「ええと……不破さん?」
螢斗と親しい自覚はあったが、さすがにハグをされたのははじめてだ。
視線を泳がせていると、螢斗の胸もとに浮かんだハート型の『好感度ゲージ』が目に入る。やはり黄色で、それが余計に花梨を混乱させる。
(ゲージの色が変わらないから、これも親しい友人とスキンシップのうち……なのよね?)
螢斗は花梨をそっと包み込むばかりで、異性を求めるような仕草はない。
(不破さんは、海外に住んでいたこともある帰国子女だもの。単なるスキンシップよね。きっとそうよ)
そうと納得してしまえば、多少の気恥ずかしさは残るものの、花梨も脱力する。
「あなたは危なっかしいので、安全なところまで、連れ去ってしまいたくなります」
「……えっ」
聞き間違いだろうか。
どこか艶のある魅惑的な発言は、螢斗らしからぬ言動だ。
花梨がおそるおそる見上げても、螢斗はいつものように爽やかなほほ笑みを浮かべているだけ。
「愛木さん、花梨さんと、お呼びしてもいいですか?」
そしてこの、唐突な提案だ。
螢斗の考えがわからない。だが拒否する理由が花梨にあるかというと、それも思い浮かばない。
「え、えぇ……かまいませんが」
「よかった! 僕のことも、名前でお呼びくださいね」
「不破さん……? あの」
「螢斗。はい」
「……け、螢斗さん」
「ははっ! そんなにかしこまらなくても、大丈夫ですよ」
螢斗が口もとに手を当て、くすくすと笑う。
そこで花梨は、螢斗の腕から解放されていたことに気づいた。
「僕はもっと、今以上に、あなたと親しくなりたい思っているんです」
はにかむ螢斗の『好感度ゲージ』は、やはり黄色のままだ。
(今より親しく……『友人から親友に』ってことかしら?)
螢斗の好感度が現状をキープしている以上、男女の恋愛に発展することはないだろうから。