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第13話 スキンシップですか?

「あーもーなんなのよこの記事は! いつ見ても腹が立つわねっ!」


 会見後、花梨かりんは教室に戻っていた。

 星夜せいやは学園長と話があるらしい。

 このまま荷物を持って帰宅してもよかったのだが、とっくに下校時間をすぎている。

 例によって「送る。待っているんだ、いいな?」と星夜に釘を刺され、現在にいたる。


「言いたいことは言ったし、もうこれも見なくていいわよね。せいせいするわ、ふんっ!」


 花梨はぷりぷりと怒りながら、スマートフォンの画面をタップ。会見でも晒し……取り上げた記事の投稿元を、ブロックした。

 星夜が忠告していたし、今後いたずら電話やはた迷惑な取材はなくなるだろう。


「お疲れさまです、愛木ひめきさん」

「んん……? あらっ!?」


 液晶画面とにらめっこしていたとき、ふいの声かけに、花梨は飛び上がった。

 よく見慣れた栗毛の青年に、にっこりと笑いかけられていたからだ。


不破ふわさん! どうなさいました? もう帰られたのでは……っ?」

「事件のことが気になっていまして、僕も会見に参加させていただいたんです」

「えっ? 不破さんがですか?」

「ごぞんじないのもしかたないですよ。先生には、関係者以外立ち入り禁止と言われましたので」

「それなのに、どうやって……?」

「音響係をしていました!」

「……あぁ〜」


 そうだった、と花梨は思い出す。

 螢斗けいとはおっとりとした言動のわりに、行動力がすさまじい。茶目っ気たっぷりに突拍子もない行動に出がちだ。

 そしてなんでもそつなくこなしてみせるのだが、そのたびに花梨は「不破さんだからね」と魔法の言葉で納得していた。


(昨日の動画もそうだけど、会見で記者さんたち相手に喧嘩を売ってたの、見られたってことよね? わぁあ、恥ずかしいわ……!)


 螢斗と話すときは、あんなに荒ぶることはない。

 花梨は恥ずかしくて、両手で顔を覆ってしまう。


「ご自分の意見をしっかりと話されるおすがた、とてもすてきでしたよ」


 それなのに螢斗ときたら、不意討ちにもほどがあることを言うのだ。


「愛木さんはお強いですね。僕なんかが心配しなくても、堂々としていらして」

「そんな……」


 どこかさびしげな螢斗を前にして、花梨もつい、本音がこぼれる。


「そんなことはないです。私だって、ひとりでは無理でしたもの」

「……そうですよね。ごめんなさい」


 螢斗が眉を下げて謝罪を口にする。かと思えば、腕を伸ばし、歩み寄ってきて。


「犯罪者を相手にしたんです、怖くないわけがありませんよね……」

「…………え?」


 なにが起きたのか、花梨はしばらく理解できなかった。


「僕も現場にいて、愛木さんを元気づけられたらよかったのに」


 背中に回された腕の感触で、花梨はようやく抱きしめられていることを理解する。

 ……抱きしめられている? 螢斗に?


「ええと……不破さん?」


 螢斗と親しい自覚はあったが、さすがにハグをされたのははじめてだ。

 視線を泳がせていると、螢斗の胸もとに浮かんだハート型の『好感度ゲージ』が目に入る。やはり黄色で、それが余計に花梨を混乱させる。


(ゲージの色が変わらないから、これも親しい友人とスキンシップのうち……なのよね?)


 螢斗は花梨をそっと包み込むばかりで、異性を求めるような仕草はない。


(不破さんは、海外に住んでいたこともある帰国子女だもの。単なるスキンシップよね。きっとそうよ)


 そうと納得してしまえば、多少の気恥ずかしさは残るものの、花梨も脱力する。


「あなたは危なっかしいので、安全なところまで、連れ去ってしまいたくなります」

「……えっ」


 聞き間違いだろうか。

 どこか艶のある魅惑的な発言は、螢斗らしからぬ言動だ。

 花梨がおそるおそる見上げても、螢斗はいつものように爽やかなほほ笑みを浮かべているだけ。


「愛木さん、花梨さんと、お呼びしてもいいですか?」


 そしてこの、唐突な提案だ。

 螢斗の考えがわからない。だが拒否する理由が花梨にあるかというと、それも思い浮かばない。


「え、えぇ……かまいませんが」

「よかった! 僕のことも、名前でお呼びくださいね」

「不破さん……? あの」

「螢斗。はい」

「……け、螢斗さん」

「ははっ! そんなにかしこまらなくても、大丈夫ですよ」


 螢斗が口もとに手を当て、くすくすと笑う。

 そこで花梨は、螢斗の腕から解放されていたことに気づいた。


「僕はもっと、今以上に、あなたと親しくなりたい思っているんです」


 はにかむ螢斗の『好感度ゲージ』は、やはり黄色のままだ。


(今より親しく……『友人から親友に』ってことかしら?)


 螢斗の好感度が現状をキープしている以上、男女の恋愛に発展することはないだろうから。

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