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第12話 以上です

「拡散動画の反響は、私たちの予想をはるかに上回るものでした」


 ネット上ではさまざまな憶測が飛び交っている。混乱を防ぐために、動画の人物が花梨かりんであることを公表し、事件の概要を明らかにすること。それが今回の会見の目的だ。


「そしてもうひとつ、私からみなさまにお伝えしたいことがあり、この場を借りてお話しいたします」


 そこで花梨が目配せをすると、星夜せいやがマイクを置く。

 そして机上に用意されたノートパソコンを操作して、背後のスクリーンにある映像を映し出した。


「これは……」


 記者たちがどよめく。


 ──ていうかさ、小学生っつっても、今時知らないやつについてくか?

 ──モノにつられるとか、シンプルに頭弱いおこちゃまなんだろ。

 ──ちゃんと見てなかった親も悪いよな。


 それは今回の事件を取り上げた、とあるネット記事の投稿。

 返信欄には、アイコンやIDにモザイク処理がかけられた投稿が並ぶ。

 その多くが、被害者の児童や両親を責めるもので。


 はっとしたように身をふるわせたのは、先ほどのくたびれた記者だ。


「ご質問いただきましたように、事件直後、女の子から事件の経緯を聞きました。公園でかくれんぼをしていたら、具合が悪そうにベンチで座り込んでいる男性を見かけた。そこで、心配して持っていたハンドタオルを差し出したんだそうです。しかし……突然男性が豹変したと」


 ──いきなり、つかまれたの。

 ──おっきな声だそうとしたら、たたかれたの……


 嗚咽まじりに話すゆうちゃんを思い出し、花梨は胸が締めつけられた。

 唇を噛む花梨の言葉を継いだのは、星夜だ。


「私たちが見つけたとき、女の子は、こちらのハンドサインを出していました」


 星夜はおもむろに右手を持ち上げると、親指を折る。そうして『4』を作った右手を、グーパー、グーパーと閉じたり開いたりしてみせた。


「これはシグナル・フォー・ヘルプといって、SOSを表すハンドサインです。もとはカナダの財団によって家庭内暴力などに苦しむ女性や児童を守るために考案されたものですが、現在は世界共通のハンドサインとなっています。以前、私が児童向けの防犯教室でこのハンドサインを教えたことを、女の子も覚えていてくれました」


 ──幼いこどもに興味があったから。


 そんな身勝手な動機で、純粋な善意を無下にしてしまえる人間が、この世にはいる。


〈「お菓子あげる」 かくれんぼ中声かけられ、7歳女児誘拐 無職の男逮捕〉──


 そして女の子や両親を非難する投稿が多く寄せられた記事のタイトルは、そのように書かれていたか。


「女の子が男性について行ったのは、お菓子をあげると誘われたからではなく、脅されたからです」


 ──ありもしないことを書かれ、通う小学校も特定されている。

 ──さいわいゆうちゃんは軽傷ですんだものの、この現状では休学を強いられている。

 ──こんなもの、ネットによるセカンド・バイオレンスじゃないのか。


 うなるように花梨へ吐露していた星夜だからこそ、マイクを握る表情は険しい。

 本当は、叫び出したくてたまらないのかもしれない。花梨だってそうだ。


「投稿に記載されたリンクから、事件の詳細な記事を閲覧することができます。ですが、記事を読まず、見出しだけで反射的に反応してしまう方はいます。それも、決してすくなくはありません」


 見出しだけで判断したユーザーが、誤った認識のまま被害者を非難することは、SNS上ではよくあることだ。悲しいことに。

 だからこそ、花梨は声を張って伝えるのだ。


「報道陣のみなさま、この投稿のように、誤解をまねくミスリードなタイトルづけはおやめください。そしてSNSを利用するみなさまにも、わずかな見出しだけで判断しないでいただきたいことを、お伝えさせてください。あなたの投稿が、だれかを傷つけるかもしれない……ネットリテラシーについて、もう一度よく考えていただけませんでしょうか」


 静まり返った会場内に、花梨の凛とした声が響く。

 伝えたかったことは、すべて伝えた。

 しばらくののち、星夜が静かに口をひらく。


「女の子も、まだケアをしなければならない時期です。以降、関係各所への取材はお控えください」


 事務的に、淡々と口にする星夜だが──


「過度にミスリードなタイトルづけは、炎上目的の閲覧数インプレッション稼ぎと捉えざるをえません。今後SNS上の投稿、雑誌取材問わず、万が一モラルに反する行為が認められた場合、それ相応の対応をいたします。報道陣のみなさまにおかれましてはその点にご留意いただきたく、なにとぞ、お願い申し上げます」


 最後に星夜がそう告げたとき、記者たちの顔が引きつった。

 犯人を容赦なく投げ飛ばして地に沈めた男だ。星夜に凄まれて、平気なほうがおかしい。


「会見は以上です」


 かくして、波乱の予想がされた会見は、星夜のひとにらみで強制終了したのだった。

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