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第11話 記者会見です

 一夜にして、とある事件がネット上で話題になった。


〈「お菓子あげる」 かくれんぼ中声かけられ、7歳女児誘拐 無職の男逮捕〉


 ──うわ、事件現場近いじゃん、こっわ。

 ──なんか見覚えあると思ったら、この動画、バズってたやつじゃない?

 ──JKがお手柄だったってやつか。


 ──ていうかさ、小学生っつっても、今時知らないやつについてくか?

 ──モノにつられるとか、シンプルに頭弱いおこちゃまなんだろ。

 ──ちゃんと見てなかった親も悪いよな。 


 事件について記載した投稿に、返信や引用が相次ぐ。


(そうそう、コレなんだよコレ! インプレッション数は前の倍……いやそれ以上! まだまだ伸びるぞ!)


 スマートフォンに表示された某SNSのタイムラインをスクロールしながら、金田かねだは口角を上げる。 

 そうして笑い出したくなるのをこらえながら、通知を切った。


(ありきたりな見出しじゃ伸びない。やっぱり、こうやって『ひと工夫』しないと。人の不幸は蜜の味ってな……おっと、いけないいけない)


 怪訝けげんな視線を感じ、金田はパイプ椅子上で居ずまいをただした。


 都内某所。国内で名の知れた財閥の子息や令嬢が通う学園の多目的ホールに、金田をはじめとした報道陣が詰めかけた。

 ネット上を沸かせた例の事件について、取材をおこなうためである。


「定刻となりました。ご着席ください」


 アナウンスがかかる。学園長に続いて、スーツに身をつつんだ精悍な青年、そしてひとりの女子生徒がすがたを現した。

 今回の事件における渦中の人、鷹月星夜たかつきせいや愛木花梨ひめきかりんだ。


 星夜は花梨をエスコートするようにして、壇上へ向かう。

 一連の出来事があまりに自然で、会場に居合わせた金田たち報道陣は、しばし呆けた。


(ふーん……『あのうわさ』は事実ってことか。面白くなってきたじゃないか!)


 主役は出そろった。

 金田は下唇を舐め、『そのとき』を待つのだった。



  *  *  *



「報道陣のみなさま、このたびはお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。先日発生した児童誘拐事件と本校生徒との関係につきまして、Tプロテクション鷹月社長のご要望を受け、合同会見をおこなわせていただきます」


 壇上にて学園長の簡単なあいさつが終わると、花梨、そして星夜がマイクを持つ。


「都立A学園高等学校3年生の、愛木花梨です。早速ですが申し上げます。SNS上で拡散され、ネットニュースでも取り上げられた動画に映っておりますのは、私です」


 ざわ……


 単刀直入に宣言した花梨に、会場の記者たちがざわめく。すかさず、星夜がマイクを口もとへ当てた。


「セキュリティーシステム管理会社、Tプロテクション社長の鷹月と申します。事件当時の詳細を、私のほうからお話しさせていただきます」


 星夜の言葉は、流暢なものだ。

 低めの声質ながらはっきりとした発声で、説明を続ける。


「私は防犯活動の一環で、毎朝登校する児童の見守り活動をおこなっており、今回被害に遭った女の子とは面識がありました。昨日、現場近くの公園を通りがかった際、一緒に遊んでいたお友だちから女の子がいなくなってしまったことを聞いたのですが、そのとき、愛木さんが女の子をさがす手伝いを申し出てくれました」

「私も、鷹月さまとは以前から親交がありまして。一緒に女の子をさがしていたところ、現場の地下鉄構内で不審な男性につれられた女の子を見つけました。直前に鷹月さまが警察へ通報してくださっていたこともあり、無事女の子を保護することができたというのが一連の経緯です」


 星夜の言葉を継ぎ、花梨はあらかたの状況を説明する。


「事件の動画が拡散されていることを私が知ったのは、今朝です。とても驚いています」


 そのひと言で、記者たちの目が好奇心に輝く。


「愛木さんは、愛木グループ社長のお嬢さんということですが、お父さまはこの件についてどのような反応を?」

「心配をさせてしまいました。父と母にはたいへん申し訳なく思っています」

「女の子のご両親とは、お話はされましたか?」

「事件後はバタバタしていたのですが、お母さまのほうから、お礼のお電話をいただきました」

「どうして地下鉄のほうに犯人がいると?」

「確信があったわけではありません。なんとなく、です。車で連れ去られていたらどうしようもありませんでした。見つけられたのは本当に幸運でした」

「動画では、愛木さんは犯人に勇敢に立ち向かっていましたね。怖いとは思わなかったのですか?」

「必死でしたので。もちろん、恐怖はありました。でも……」


 記者たちの矢継ぎ早な質問に、すらすらと返答していた花梨だが、ふと星夜と目が合う。


「鷹月さまが助けてくださいました。本当に、感謝しています」


 いろいろあって言いそびれていた言葉を、花梨はやっと口にする。

 するとなぜだろうか、星夜の眉間にしわが寄ったのだが。


「……なんですか、そのお顔は」

「なかなか懐かない猫に、急に甘えられた気分だ」

「はい?」

「なんだこのかわいい生き物は……俺の中のなにかがほとばしる……」

「やめてください、こんなところで……!」


 星夜がまた、真顔でアウトなことを口走っている。

 花梨はマイクに拾われない声量で抗議するとともに、ひじで星夜を小突いた。


「現場を目撃した方によると、鷹月社長が犯人を取り押さえたそうですね?」


 花梨が星夜に言及したことで、記者たちの関心が星夜へ向けられた。


「私だけではなく、私の秘書とふたりで協力して、というのが正しいです。ひとびとの安全を守る職務に就いておりますので、当然のことをしたまでです」


 星夜の返答は、いたって真面目だ。

 だが会場入り口のほうで控えていた七海ななみが、なぜか腹をかかえて笑いをこらえている。

「待って、社長がデレたんだけど! うそだろ腹がよじれるぅ!」とでも言ってそうだ。それが自然と想像できてしまった花梨は、人知れず遠い目をした。


「毎朝、こどもたちの見守り活動をされていたんですね。そんな中、こうした事件が起きてしまったことについて、どう思われましたか? 鷹月社長」


 その瞬間、会場の空気が凍りつく。

 発言したのは、最前列から2列目の席に座る記者。くたびれたスーツに、眼鏡をかけた、40代ほどの男だ。


(……嫌な質問ね)


 花梨も、つい顔をしかめそうになる。

 要するに、『毎朝の活動もむなしくこどもがさらわれてるけど、今どんな気持ち?』という意味合いだ。これを好意的に受け取る人間はいないだろう。


 星夜が押し黙る。一方で、七海がやたらとまぶしい笑みを浮かべ、握りしめたこぶしをちらつかせていた。


(あの野郎、ぶっ飛ばしましょうか?)

(やめてください!)


 とうとう七海とテレパシーで会話をしてしまった。いや、それはいい。


「事件後、女の子とはお話をされましたか? やっぱり怖がっていましたか?」 


 せめて自分だけは冷静に、と言い聞かせていた花梨だが、無理だった。

 舐め回すような男の質問に、鳥肌が立つ。むろん嫌悪感で。


「ご質問ありがとうございます」


 花梨は星夜の代わりに、マイクを持つ。強引に愛想笑いを浮かべるが、こめかみには星夜同様、青筋が浮かんでいるだろう。


「その質問につきまして、本日私がこうしてお話をする機会をもうけていただいた理由について、ふれさせてください」


 花梨はつとめて平静をよそおい、マイクを握り直す。

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