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第7話 おとなしくなんて無理な話です

「おにいちゃん! せいやおにいちゃんだ!」


 そんなときだったか。

 押し問答をしていた花梨かりん星夜せいやのもとへ、パタパタとこどもがふたり駆け寄ってくる。

 小学校低学年くらいだろうか。花梨よりもずっと小柄な女児だ。


「こんにちは!」

「あぁ、こんにちは」


 ひざを折り、こどもたちの目線までかがんであいさつを返す星夜のすがたに、花梨は見覚えがあった。あれはそう、学校からの帰り道で──


「前から思っていましたが……こどもたちと、仲がいいんですね」

「毎朝、登校の見守り活動をしているからな」


 あっさりと答える星夜に、花梨はまたも衝撃を受ける。

 当然のように言っているが、それはだれしもが当然にできることではない。

 飾りけのない星夜の人柄を、花梨はあらためて思い知らされた。


「公園で遊んでいたのか? もうすぐ暗くなるから、おうちに帰りなさい」

「うん……でもね、かえれないの」

「どうしたんだ?」

「かくれんぼして、あそんでたの。でもね、ゆうちゃんみつからないの」

「せいやおにいちゃん、ゆうちゃんみてない?」


 幼いこどもが、いなくなった。


(……考えすぎ、かしら)


 かくれんぼをしているうちに、どこか遠くへ行っただけかもしれない。だが──


(なんだろう……嫌な感じがするわ)


 先ほどの星夜の話もある。明確な理由はないが、見過ごしてはいけない。花梨はそう直感した。


「なら、ゆうちゃんはお兄さんがさがしてくる。パパとママが心配するから、ふたりはおうちに帰るんだ、わかったか?」

「うん、わかった。ばいばい」


 星夜が諭すと、こどもたちはこくりとうなずく。


「花梨さん、悪いんだが……」

「私もさがします」


 手をふるこどもたちを見送った後、向き直った星夜へ、花梨は反射的に告げる。

 目を見ひらく星夜。花梨の視界に、ハート型の『好感度ゲージ』が映った。


「私のことは気にせず、早く行ったらどうですか?」などと言い放ってさっさと帰ろうとしたなら、なんて薄情なんだと、すこしは好感度を下げられたかもしれないが。


「私も行きます。何事もなければ、それでいいでしょう?」


 この場面、この状況でおとなしくしていることは、花梨の性格上、無理な話だった。


「……そうだったな。きみは、急病で倒れたひとを必死で救護するひとだから」

「あら、なんのことだか」

「あのときはニュースになったな。新聞の切り抜きはいまでもスクラップブックに保存しているぞ」

「……それ以上はやめてください」


 とぼけてみせたら、なんだかとんでもない返しをされた気がする。いや、考えるのはやめよう。

『好感度ゲージ』は……見るまでもない。


「それはともかく! ゆうちゃんがどんな子か、教えてくださいますか?」

「あぁ、髪の短い女の子だ。よく戦隊ヒーローのTシャツにズボンすがたをしているから、ぱっと見は男の子に見えるかもしれない」

「なるほど……ざっと見た限りでは、たしかにいなさそうですね」


 遊具の影や、木の裏など、公園内をひととおり見てみたが、幼児が隠れている様子はなかった。


「ほかにこどもたちが行きそうな場所に、心あたりは──」


 星夜に問いかける途中、ふと、花梨の目にとまるものがあった。

 公園裏手にあるベンチの下に、ハンドタオルが落ちていたのだ。それを拾いあげた花梨は、目を見張る。


「これは……」


 戦隊ヒーローのイラストが描かれた、こども用のハンドタオルだった。すこし土がついていたが、払い落とせば洗剤の香りがする。

 つまり、ここに落とされたのはそう何日も前ではないということだ。


「ゆうちゃんが持っていたものだな」


 そのうちに、やってきた星夜が目を細める。

 星夜の言葉が決定打だった。


(いなくなったこども、落ちていたハンドタオル……)


 無性に、花梨の胸がざわつく。


(まさか……本当に、連れ去られた?)


 星夜の口数が異様に減り、険しい表情を浮かべているのは、同じ考えにいたったからなのか。

 先ほどのこどもたちの話から察するに、ゆうちゃんは長いこと見つかっていない。誘拐されたとするなら、この間に遠くへ連れ去られた可能性があるのだ。


(もし、そうだとするなら、いったいどこをさがせば……)


 一気に血の気が引く思いだった。


 ──しゃらん。


 そんな花梨の耳に、鈴を鳴らしたような音色が届く。


「え……?」


 思わず顔をあげ、花梨は固まった。

 すこし離れた木の根もとに、真っ白な毛並みの猫が座っていたのだ。


(白猫……)


 とたん、花梨の脳裏に『あの日』の記憶がよみがえる。

 じっと花梨を見つめていた白猫が、おもむろに背を向ける。そして一度花梨をふり返ったのち、たっと軽快に駆け出した。


「待って!」

「花梨さん! どこへ……!」


 星夜の声など、聞こえてはいなかった。

 花梨は夢中で白猫の後を追う。

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