「おにいちゃん! せいやおにいちゃんだ!」
そんなときだったか。
押し問答をしていた
小学校低学年くらいだろうか。花梨よりもずっと小柄な女児だ。
「こんにちは!」
「あぁ、こんにちは」
ひざを折り、こどもたちの目線までかがんであいさつを返す星夜のすがたに、花梨は見覚えがあった。あれはそう、学校からの帰り道で──
「前から思っていましたが……こどもたちと、仲がいいんですね」
「毎朝、登校の見守り活動をしているからな」
あっさりと答える星夜に、花梨はまたも衝撃を受ける。
当然のように言っているが、それはだれしもが当然にできることではない。
飾りけのない星夜の人柄を、花梨はあらためて思い知らされた。
「公園で遊んでいたのか? もうすぐ暗くなるから、おうちに帰りなさい」
「うん……でもね、かえれないの」
「どうしたんだ?」
「かくれんぼして、あそんでたの。でもね、ゆうちゃんみつからないの」
「せいやおにいちゃん、ゆうちゃんみてない?」
幼いこどもが、いなくなった。
(……考えすぎ、かしら)
かくれんぼをしているうちに、どこか遠くへ行っただけかもしれない。だが──
(なんだろう……嫌な感じがするわ)
先ほどの星夜の話もある。明確な理由はないが、見過ごしてはいけない。花梨はそう直感した。
「なら、ゆうちゃんはお兄さんがさがしてくる。パパとママが心配するから、ふたりはおうちに帰るんだ、わかったか?」
「うん、わかった。ばいばい」
星夜が諭すと、こどもたちはこくりとうなずく。
「花梨さん、悪いんだが……」
「私もさがします」
手をふるこどもたちを見送った後、向き直った星夜へ、花梨は反射的に告げる。
目を見ひらく星夜。花梨の視界に、ハート型の『好感度ゲージ』が映った。
「私のことは気にせず、早く行ったらどうですか?」などと言い放ってさっさと帰ろうとしたなら、なんて薄情なんだと、すこしは好感度を下げられたかもしれないが。
「私も行きます。何事もなければ、それでいいでしょう?」
この場面、この状況でおとなしくしていることは、花梨の性格上、無理な話だった。
「……そうだったな。きみは、急病で倒れたひとを必死で救護するひとだから」
「あら、なんのことだか」
「あのときはニュースになったな。新聞の切り抜きはいまでもスクラップブックに保存しているぞ」
「……それ以上はやめてください」
とぼけてみせたら、なんだかとんでもない返しをされた気がする。いや、考えるのはやめよう。
『好感度ゲージ』は……見るまでもない。
「それはともかく! ゆうちゃんがどんな子か、教えてくださいますか?」
「あぁ、髪の短い女の子だ。よく戦隊ヒーローのTシャツにズボンすがたをしているから、ぱっと見は男の子に見えるかもしれない」
「なるほど……ざっと見た限りでは、たしかにいなさそうですね」
遊具の影や、木の裏など、公園内をひととおり見てみたが、幼児が隠れている様子はなかった。
「ほかにこどもたちが行きそうな場所に、心あたりは──」
星夜に問いかける途中、ふと、花梨の目にとまるものがあった。
公園裏手にあるベンチの下に、ハンドタオルが落ちていたのだ。それを拾いあげた花梨は、目を見張る。
「これは……」
戦隊ヒーローのイラストが描かれた、こども用のハンドタオルだった。すこし土がついていたが、払い落とせば洗剤の香りがする。
つまり、ここに落とされたのはそう何日も前ではないということだ。
「ゆうちゃんが持っていたものだな」
そのうちに、やってきた星夜が目を細める。
星夜の言葉が決定打だった。
(いなくなったこども、落ちていたハンドタオル……)
無性に、花梨の胸がざわつく。
(まさか……本当に、連れ去られた?)
星夜の口数が異様に減り、険しい表情を浮かべているのは、同じ考えにいたったからなのか。
先ほどのこどもたちの話から察するに、ゆうちゃんは長いこと見つかっていない。誘拐されたとするなら、この間に遠くへ連れ去られた可能性があるのだ。
(もし、そうだとするなら、いったいどこをさがせば……)
一気に血の気が引く思いだった。
──しゃらん。
そんな花梨の耳に、鈴を鳴らしたような音色が届く。
「え……?」
思わず顔をあげ、花梨は固まった。
すこし離れた木の根もとに、真っ白な毛並みの猫が座っていたのだ。
(白猫……)
とたん、花梨の脳裏に『あの日』の記憶がよみがえる。
じっと花梨を見つめていた白猫が、おもむろに背を向ける。そして一度花梨をふり返ったのち、たっと軽快に駆け出した。
「待って!」
「花梨さん! どこへ……!」
星夜の声など、聞こえてはいなかった。
花梨は夢中で白猫の後を追う。