「失礼いたしますっ!」
バァン! と盛大な音を立てて、
「花梨さん……? 来ていたのか? どうしたんだ、急に」
デスクに向かって仕事をしていた
(そうそう、アポなしで押しかけたんです、図々しいにもほどがあるでしょう。これからお仕事の邪魔をしてさしあげますからね!)
花梨はかまわず室内へ足をふみ入れ、ずんずんと星夜へ詰め寄った。
「鷹月さま……私はとても悲しいです」
「なにを……」
「だって、ふれてくださらないんですもの」
語尾をさえぎるようにして、椅子に腰かけた星夜の首へ両腕を回す。花梨はそのまま、ぐっと至近距離まで顔を近づけてみせた。
「昨晩も期待していたのに、自宅へ送り届けるだけ……私、そんなに魅力がありませんか……?」
うりゅっと瞳を潤ませた花梨の、上目遣いが炸裂。
突入にあたってブラウスのボタンをふたつほど外してきたので、否が応でも、星夜の視界には花梨の無防備な鎖骨が映っていることだろう。
「私、さびしいです……鷹月さまのお好きなようにしてくださって、よろしいんですよ?」
いったいどこから出したのか自分でも疑問な猫なで声で、とどめだ。
その名も『肉を斬らせて骨を断つお色気作戦』──
花梨本人も無傷ではすまない、渾身の色仕掛けだった。
(って、もう無理もう限界! なんなのこの羞恥プレイは! 恥ずかしい恥ずかしすぎるわ穴があったら入りたい! だれか私をぶん殴ってどこかに埋めてぇええ!!)
例によって、花梨は脳内で発狂する。
だが、これでいいのだ。
花梨を前にした星夜が、すん……と真顔になったのだから。
(よし! これで『好感度ゲージ』も…………あら?)
こっそりと視線をはずした花梨だが、次の瞬間、視界が回った。
「きみは、意外と大胆なことをするんだな」
「へっ……」
なぜだろう。やたらと星夜が近い。
それもそのはず。手首をさらわれた花梨は、星夜のひざに抱き上げられていたのだ。
「俺がふれないのが不満だって? ばかを言うな」
「ちょっ、なんですか、この体勢はっ!」
「きみが、逃げるから」
「ひゃあっ!?」
とっさに身をよじる花梨。だが星夜の腕はびくともしない。それどころか腰を引き寄せられ、さらに密着する始末だ。
「俺はずっと、きみにふれたいと思っていた」
「んなっ……!」
「だが、俺がふれようとすると逃げていったのは、きみだろう? それなのに、今日は大胆に迫ってきたり。きみの行動は、矛盾している」
「それは、えっと……」
痛いところをつかれてしまった。花梨は口ごもる。
「ただ、きみの行動から共通して感じ取れることがある。俺のことを嫌っているんだな、ということだ」
「なんでそうなるんですか!?」
「俺が嫌いだから、嫌われようとしているんだろう。ちがうのか?」
「ちがいますよ! 私が鷹月さまに嫌われようとしていることと鷹月さまを嫌うことは、まったく関係ありません!」
「それじゃあ、俺を嫌ってない?」
「だからそうだって……んん、そういうことに、なります……?」
言いながら、花梨はなにかがおかしいことに気づく。
(待って。……自白してどうするの、私っ!)
だが、時すでに遅し。今さら失言は取り消せない。
やってしまった。星夜に嫌われたいのに、「嫌ってません!」とばか正直に口走ってしまった。
「それなら、逃げないでくれ……逃げられたら、つかまえたくなるだろ」
「ひぃぃ……! まってまって、話がっ、話がちがいます、
「やっぱり、七海のやつに余計なことを吹き込まれたな」
「あっ! ちち、ちがうんです、これは!」
「ちがわない。あいつのことだ。俺がきみにフラれたら最高だとか面白がってたんだろ。いい度胸だ、減給してやる」
「職権乱用ですっ! 離してくださいーっ!」
もはや、悲鳴だった。半泣きで手足をばたつかせる花梨を、星夜が見つめ──
「……ふはっ!」
吹き出した。