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第3話 怒りの沸点どこですか

 鷹月星夜たかつきせいや

 某有名大学を主席で卒業後、セキュリティーシステムを開発、管理する会社を起業。弱冠23歳ながら、早くも頭角を現している若き経営者。

 クールな外見にたがわず、学生時代も浮いた話は一切見られなかったという。

 そんな彼が「ご令嬢をぜひに」と、愛木ひめき家に縁談をもちかけてきたのだ。


「急げ、急ぐのよ花梨かりん……!」


 終礼後、花梨は通学鞄をかっさらって正門へ直行する。

 念のため、門扉のすきまからそろそろと顔を出し、あたりの様子をうかがった。

 ノータイムでの下校だ。さすがに人影はない。


「間に合ったみたい……よし」

「なにが『よし』なんだ?」

「ひゃあっ!?」


 ほっとしたのもつかの間。ぽん、と背後から肩にふれられ、花梨は文字どおり飛び上がった。


「たたた鷹月さま、どうして!?」


 見まちがいならよかったのだが、ふり返ったそこにいたのは、星夜だった。

 挙動不審な花梨の問いに、星夜はきょとんとまばたきをする。


「どうして? 花梨さんを迎えに来ただけだが」

「送迎は不要ですと申しあげたはずです!」

「そうもいかない。俺は社会人で、きみは学生。生活リズムがちがう。仲を深めるためには、融通のきくほうが時間を割き、歩み寄るべきだ」

「融通って……お仕事があったのでは?」

七海ななみのばか──秘書に投げてきた。そんなことより花梨さんの迎えのほうがだいじだ」

「公私混同!」


 この若社長、ぶっ飛んでいる。そして何気に秘書へのパワハラを暴露している。


「安心してくれ。今日は歩いてきたから」

「会社からですか!?」

「? 車だと、きみが嫌がるだろう?」

「それはそうなのですが、そうではなくーっ!」


 星夜は以前、自家用車で送迎をしようとしたときのことを言っているのだろう。

 花梨が帰ろうとしたら、黒塗りの高級車とものすごく顔のいいイケメンが待ちかまえていた。これで注目をあびないわけがない。

 もちろん学園中の生徒にいろんなことがバレてしまい、花梨は頭をかかえた。

 だからこうして、星夜が迎えに来るより先に帰宅しようと急いだのに、無駄足に終わるとは。


「徒歩で登下校をしているなんて、きみは健康思考だな。俺もからだを動かすのはすきだ。大学でも鍛えていた」

「そうなんですね……」


 花梨とならんで歩きながら、感心したようにうなずく星夜。彼の胸もとに浮かんだハートの色は、やはりあざやかな赤色。

 とりあえず、花梨は思考を放棄した。



  *  *  *



 それからも、星夜は毎日送迎を欠かさなかった。


「きみはこっちに」

「え? あ、はい」


 交通量の多い街中では、さりげなく車道側へ移動してくれたり。


「おにいちゃん、こんにちは!」

「あぁ、こんにちは」


 すれちがった小学生の元気なあいさつに、「おかえり」と返していたり。


「どうした? あのクマのぬいぐるみがほしいのか?」

「あ……いやっ、ちょっと見ていただけで!」


 きわめつけに、アーケード街にあるゲームセンターで景品のテディベアをなんとなく見つめようものなら、「すこし待っていてくれ」と言い残し、颯爽と獲得して帰ってくるという。クレーンゲームもできるのか、この若社長。


「今どきのカップルは、こういうことをするんだろう」

「だれに吹き込まれたんですか、それ……」

「うれしくなかったか?」

「いえ! ありがとうございます!」


 微妙に口角をあげ、テディベアをさし出してくる星夜のドヤ顔に、花梨は戸惑う。

 テディベアは可愛いし、プレゼントされたことはふつうにうれしかったので、なんだか悔しかった。

 そして迎えた週末。


「まずいまずいまずいまずい」


 花梨は自室のベッドでテディベアを抱きしめ、焦っていた。


「意味がわからない。わからないけど、このまま鷹月さまに流されたらたいへんまずいことになるのはわかるわ」


 星夜が好意的に接してくれているのは、嫌でもわかる。


(そもそも、どうして私なの?)


 聞けば、花梨との縁談を申し入れたのは、星夜だという。

 それこそが、最大のミステリーだ。


(彼ほど有望な方なら、引く手あまたでしょうに……)


 もしかして、ねらいは偽装結婚!? などと考えたりもした。

 星夜はむかしから恋愛に興味を示さなかったというが、なにせあの顔面だ。女性からのアプローチを厄介がって、「ならさっさと既婚者になってしまえ」と突飛な策を実行に移してもおかしくはない男でもある。

 それなら後ぐされのないように、面識のない花梨へお声がかかったことの説明はつくが。


(うん……やっぱり、つじつまが合わないわ)


 かたちだけの夫婦を演じるつもりにしては、その、なんというか。


(──愛が、あふれすぎている……っ!)


 星夜自身は、あまり表情を変えない。

 だが、花梨にはわかる。いつ見ても星夜の胸もとにデデンと居座っている真っ赤な『好感度ゲージ』を見れば、すべてがダダ漏れだ。


(知らないうちに好感度が爆上がりしてるなんて、異常だわ。ただならぬなにかが起きたとしか考えられない)


 そしてその先に待ち受けているものはたいていろくなことではないと、花梨は過去の経験から学んでいる。


(だれかに好かれるのは喜ばしいことだけど、恋愛が絡むとなれば、話は別!)


 だからこそ花梨も、あまり好感度を上げすぎないよう、つかず離れずの距離感でひとと接してきたのだ。


「よし……決めたわ」


 こうなれば、花梨が取るべき行動は、ただひとつ。


「なんとしてでも、鷹月さまに嫌われてやるーっ!」


 だってそれが、『平穏』にすごすために必要なことだから。



  *  *  *



 嫌われてやる、と口では簡単に言えるが、実際はそう簡単なことではなかった。


「……あのひとの怒りの沸点、どこにあるの?」


 これは、玉砕した花梨の台詞である。

 星夜からディナーに誘われたので、故意にカトラリーを落としまくるマナー違反連発で好感度を落としにかかったが、失敗。

 それどころか、星夜は模試明けの花梨の体調を気遣い、自宅まで送ってくれたのだ。

 星夜の好感度を下げるどころか、花梨の好感度を上げさせられている。これが、昨晩の話。


「このままじゃだめよ、こっちから仕掛けなくちゃ!」


 一夜明け、花梨は強行手段に打って出ることにした。ヤケと言ってはいけない。

 とにもかくにも、そういうわけで、花梨は星夜が代表をつとめるセキュリティー会社に押しかけていた。

 日曜だが、星夜はふつうに出社しているらしい。


「はじめまして、愛木さま。社長秘書をつとめております、七海と申します」


 アポなしで押しかけたというのに、受付で名乗った花梨のもとへ、速やかにスーツすがたの男性がやってきた。


(七海さんって、鷹月さまが話してた……)


 とここで、花梨はじっと視線を向けられていることに気づく。いけない、ぶしつけに見すぎていたか。


「失礼いたしました!」

「いえ、お気になさらず。あなたが、愛木花梨さま──」

「はい、無理は承知なのですが、どうしても鷹月さまとお会いしたく……」

「お待ちしておりました」

「え?」

「社長ですよね、わかっておりますとも! むしろありがとうございます、わざわざお越しいただいて! ささ、こちらへどうぞどうぞ!」

「あのっ、七海さん!?」


 社長秘書というからにはもっとこう生真面目な人物をイメージしたのだが、どうやら七海はちがったらしい。

 案内されるがまま七海について行くと、カードキーや暗証番号が必要な金属扉をくぐり抜け、気づけばスタッフ専用のエレベーターに乗っていた。


「社長はね、悪いひとじゃないんですけどね、人遣いが荒いんですよ。あのおっかないひと、俺じゃお手上げで〜」

「苦労されてるんですね……」

「わかってくれますか! くぅーっ! 花梨さんはやさしいひとだなぁっ!」

(おしゃべりなひとだなぁ……)


 星夜があまりさわがない性分なので、七海を足して割ればちょうどいいかもしれない。


(でも、鷹月さまのことをこんなふうに言えるのって、すごいわよね)


 歯に衣着せぬ物言いができるということは、それなりにふたりの付き合いが長いのだろう。


(待って……これって、チャンスでは?)


 花梨は、あることをひらめいた。


「七海さん、つかぬことをおうかがいしますが」

「はい、自分に答えられることならなんでも!」

「鷹月さまの苦手な女性のタイプって、ごぞんじですか?」

「え? 苦手なタイプ?」


 夢見る乙女なら、意中の相手の好みのタイプを聞いて、理想に近づこうと努力するだろう。

 だがしかし、花梨は星夜に嫌われたいのだ。つまり、これから花梨が取るのは、ふつうとは真逆の行動。


(彼の苦手な女性を演じればいいんだわ!)


 いくら星夜の怒りの沸点が星より遠くとも、地雷の上でタップダンスをされては黙っていないだろう。

 名案だ。どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。


「社長の苦手なタイプ……あー、そうだなぁ。女性の魅力全開! って感じは、好きじゃないかも?」

「女性の魅力全開!? そそ、それは……い、色仕掛けとか、そういったたぐいの……?」

「そうそう。大学時代にあのひとがセクシー美女に告られてた場面を目撃しましたけど、死んだ魚の目してましたよ」

「セクシーな美女に……そう、ですか……」


 これはちょっと想定外かもしれない。

 だが、ひるんでいても、はじまらない。


「私も、女性の魅力を全開に……が、がんばります……」

「がんばる? あれ、花梨さん、もしかして?」


 ここで、七海はなにかを察したらしい。


「なるほど、そういうことかぁ! っはー! なにこれおもしれー! 社長ファイトですー!」


 色仕掛け、色仕掛け……とうわ言のようにこぼす花梨は、ニヤつく七海の声援など、聞こえてはいなかった。

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