目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
第2話 あっという間にお見合いです

「おはようございます」


 制服に身をつつんだ花梨かりんは、気を引きしめ、自宅1階のダイニングルームへ向かった。


「まぁ花梨さん、おはようございます」


 そこで花梨を出迎えたのは、養母の櫻子さくらこだ。

 櫻子には持病がある。からだが弱いため、子宝にも恵まれなかった。

 数年前、持病の悪化で櫻子が倒れてしまった場面に花梨が居合わせたことが、すべてのはじまりだった。

 必死に介抱をしてくれた花梨を櫻子はじつの娘のように可愛がっていて、いつもあたたかな笑みを浮かべている櫻子を花梨も慕っている。


 ふいに挽きたてのオリジナルブレンドの香りが、花梨の鼻をくすぐった。

 じきに、養父の芳彦よしひこも支度をととのえてやってくるだろう。


「花梨さん、今朝はどうなさいます?」

「ラズベリーソースで」

「ふふ、本当にお好きね」


 櫻子はホットサンドとポタージュスープに自家製のラズベリーソースをかけたヨーグルトを添え、食卓へ置いた。花梨も定位置に着席する。

 いつもなら、他愛のない会話を交わしながら朝食をかこむのだが──


「そうだわ花梨さん、今日の帰りは遅くなりますか?」

「今日ですか? いいえ、委員会もありませんので、昨日より早く帰宅できると思います。えぇと、なにか……?」

「それがですね、花梨さんにお話ししたいことがあって。お見合いのお話をいただきましたの!」

「うっ……!」


 コーヒーカップへ手を伸ばしていた花梨は、危うく取り落としそうになった。


(聞きまちがいかしら?)


 望みを込めて櫻子へ向き直ると、まばゆい笑みが花梨を襲う。


「お見合い……ですか?」

「えぇ。花梨さんもお年頃ですし、そろそろそんなお話をいただいても、おかしくないですわよねぇ」


 さらっと爆弾を落とさないでもらえるだろうか。

 笑顔を引きつらせる花梨をよそに、櫻子は上機嫌で続ける。


「お相手は、あの鷹月財閥のご子息ですよ。ご年齢は花梨さんの5つ年上になるかしら。まだお若いのに系列会社の経営を任されていらして──」


 櫻子の話が、右から左へ流れてゆく。

 お見合い。結婚願望がある男女を引き合せること。いや、そんな願望みじんもないが。


「あの、お母さま。せっかくなのですが……」

「心配はなさらないで、花梨さん。諸々の準備は手配済みよ。お母さまに任せていただいてよろしいですからね!」


 櫻子の曇りなき笑みに、花梨は乾いた笑みを返すしかなかった。



  *  *  *



 かくして、お見合い当日を迎えた。


(いやいやいや、展開早すぎでしょ!)


 当然だが、花梨は内心荒ぶっていた。

 どうにかして断ろうと、これでも奮闘したのだ。だが「花梨さんの花嫁すがたを見るのが夢なんです!」と櫻子に言われてしまえば、ぐうの音も出なかった。

 さいわい当人たちだけの場をもうけてくれたので、それだけでもよしとすべきか。

 櫻子の見立てた桃の花柄の着物に袖を通し、亜麻色の髪を結い上げた花梨は、ため息をついた。


(政略結婚みたいなものと思えば……大丈夫よ。たぶん、おそらく、メイビー)


 そうすれば、万事うまくいくと思っていたのに。


「お初にお目にかかります。鷹月星夜たかつきせいやと申します」


 鹿威ししおどしの音が一定間隔でひびく料亭で、ふたりきり。

 糊のきいた紺系のスーツに身をつつみ、花梨へ一礼したのは、ひと言で表せば近寄りがたい青年だった。冷ややかな印象さえ受ける。

 ところが、青年と視線がからんだ瞬間、花梨は思わず息をのんだ。


 どくん──……


 胸がはずんだ、とでも言おうか。


(……すてきな方……)


 艶のある黒髪。涼やかな漆黒の瞳は、まるで夜空のよう。

 そして精悍せいかんなまなざしは、すべてをつつみ込んで守ってくれるような不思議な安堵あんど感を、花梨にもたらす。

 たいして会話もしていないというのに、青年に視線を奪われる。思考が、麻痺する。


(って、いやいや……しっかりしなさい花梨! あなた面食いじゃないでしょう!?)


 端正な顔だちの美青年に見惚れるなど、夢見る乙女ではあるまいに。


(そりゃイケメンだけど、だめよ、心を強くもつの! 私は、恋なんてしないんだから!)


 恋愛など、ろくなものではない。

 過去の経験から、そのことを嫌でも思い知らされている。


「愛木花梨と申します。このたびはお会いできましたこと、たいへん光栄に思います」


 だから花梨は、当たりさわりのない返事で、この場を乗りきることにした。

 よそよそしい愛想笑いを徹底していれば、向こうもすこしは不快に思うはず。

 花梨だって、こんな可愛げのないあしらい方をされたら、むっとする。好感などもてるはずもない。早々に婚約を断られるなら御の字だ。

 というような思惑があって、あいさつを返したきり、すました態度を取っていた花梨だったが──


(えっ……そんな、うそでしょう!?)


 そもそもの問題があった。

 星夜の胸もとに浮くハート型の『好感度ゲージ』が、初対面にも関わらず、赤色──最高レベルの好感度を叩き出していたのだ。


(好感度アップを阻止どころか、そもそもMAX寸前!?)


 花梨はうろたえた。そんな花梨をじっと見つめた星夜が、追い討ちのひと言を発する。


「きみ──猫を助けたことはないか?」

「…………ふぇっ?」


 青天の霹靂とは、このことか。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?