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第13.5話 恋の色を辿った先は

 同じ高校に入学出来て、はや数か月。

 ハルキだけ一つ学年は上だけれど、オレとサクと愁とハルキ、よく四人で過ごしていた。

 と言っても、オレが結構ハルキにべったりで、そこにサクと愁がくっついて……みたいな感じで。なんとも不思議な四人組ではあったけれど、仲良く過ごせていたと思う。

 同じ学年ではないハルキにも、よく休み時間などに声をかけに行っていたオレだから。ハルキが『お呼び出し』をされている姿も、結構見かけてはいたんだ。


 昼休み、オレと愁のいるクラスに、サクがやってきて弁当を食べていた頃。ふと廊下の方に、ハルキが歩いているのが見えた。オレ達に用かなと思ったけれど、扉を素通りしたので多分違う。よく見ると、ハルキの前を女子生徒が一人歩いている。今からちょっと人気のないところに移動しようとしてるソレは、どうあがいても告白のお呼び出しにしか見えない。このルートから考えると、恐らく校舎裏あたりだろうか。

「あー、またハルキ、女子に連れてかれてる」

 女子生徒と歩くハルキを見かけて、思わず言葉がぽつりと零れた。

 ハルキがこうして呼び出されるのは、初めてではない。オレが高校に入ってからでさえ両手で足りない。多分、中学の頃を含めれば両手両足でも余裕で足りないだろう。

 恥ずかしそうに頬を染めて歩く女子生徒の横顔を見れば、これから告白するんだろうなあ、という雰囲気が遠目でもありありと伝わってきた。

「また告白かあ。モテるなあ」

「そうだな」

 隣に座るサクは弁当に入れてある白米を口に放り込みながら、至極興味のなさそうに呟いた。相変わらず、サクはハルキに対しては塩だ。まあ、そんな態度は慣れっこなので、別に気にならない。

 ハルキはあまりコミュニケーションが得意な方ではない。よく女子に男子の好みを聞けば「優しい人がいい」なんて返ってくることがあるが、ハルキはそれに当てはまらないだろう。ハルキがきちんと優しいことを、オレたちはよく知っている。けれど、それを理解できるほどに、ハルキと親しい人が他にいるとは思えない。

 ということは、残る理由はただ一つ。あの男は単純に、顔がいいのだ。

「ハルキ、顔いいもんなあ」

「顔だけだろ」

 ヘッ、と吐き捨てるようにサクが言う。顔はいいと思ってるんだ、なんて思ったら、隣でパンを齧っていた愁が全く同じ言葉を発していた。

「なるほど、朔も陽輝の顔はいいと思っている、と」

「愁、てめえぶっとばすぞ」

「じょーだんだよ」

 パンをくわえたまま両手を上げて、愁は降参のポーズをする。これ以上サクをいじるつもりはないらしい。代わりに、オレの方を見てハルキが消えていった廊下の先を指さした。

「和兎はあれでいいのかよ」

「いい、って? 愁、なにが?」

 愁の問いかけの意味が分からなくて、首を傾げた。愁はちょっとだけ目を丸くした後、眉をハの字にして苦笑いする。座っているサクはサクで、深く長い溜め息を吐いた。愁は自分の食べていたパンの包み紙を丸めながら、ハルキの向かっていった方向を見て呟いた。

「相変わらずだなあ。流石にちょっと同情するわ」

「同情? 愁、まじで何が?」

「いい、カズト。お前は頼むからそのままでいろ」

「? 何が? 何に? サク、説明」

「めんどい」

「雑!!」

 双子の兄にも友人にも匙を投げられたら、どうしようもない。二人ほどオレは頭の回転はよくないので、二人から説明を放棄されたらオレが理解するのは無理だろう。少し不満には思いつつも、素直に諦めた。

 ハルキの話題で盛り上がりつつ、なんだかんだ食べ終わった弁当を片付けていると、教室のドアのところにいるクラスメイトから声が掛けられた。

「おーい、双子のコミュ力ある方よ」

「だーからその呼び方やめろ。なんだよ」

「お前に客だ。女子」

「……は?」



 オレを呼び出したのは、小柄で可愛らしい女子生徒だった。オレのクラスでは見たことないから、別のクラスだろう。あんまり昼休みでも人通りの多くない場所を探して、たどたどしくなりながらも、オレから話を切り出した。

「ええと、オレになんの用で……」

「あ、月島くんにというか……実は、その……星空先輩のことなんだけど」

「あー、うん、だよな、やっぱり。そんな気はしてた……」

 ほんの少し、1パーセントだけ期待していた心は、予想通り打ち砕かれた。

 女子に呼び出される、なんて機会は今までも無かったわけじゃない。なかったわけじゃないけれど、全てが全て『星空先輩と仲いいの?』から始まるものばかりだった。

 前述したとおり、星空ハルキという男はとにかく顔がいい。しかし本人はあの通り、コミュニケーション能力に乏しい。よく一緒にいるメンツの中で、サクはハルキのこと大嫌いオーラを隠していないから論外。残るは愁とオレの二択だ。愁は気さくで話しかけやすいヤツだけど、あの見た目なもんだから元々仲いいヤツ以外は話しかけるのにちょっとハードルが高いらしい。よって消去法でオレしか残らない。

 つまり、『星空ハルキについて知りたければ、月島カズトに聞く』というルートが確立してしまっているのだ。おかげで呼び出されても「またどうせハルキだろうなあ」と察しがついてしまう。夢のない学生生活である。別にいいんだけど。

「ねえ、ちょっと教えて欲しいことがあるの。あの、星空先輩のこと」

「オレで分かることなら別にいいけど、内容によるかなあ。流石にあいつの携帯番号とかは教えられないし」

「ううん、そういうんじゃなくて。少し知りたいことがあって」

 そう言って首を振る女子に、オレは「おや?」と疑問に思った。今までオレに声をかけてきた女子は、大体が携帯番号か連作先目当てだったり、あるいは「紹介してほしい」という仲介を求めるものだった。

 それ以外で知りたいこと。なんだろう。好きな食べ物とかアレルギーとかかな。手作りお菓子とかあげる気かもしれないし。なんてぼんやりと考えていたら、結構びっくりする単語が飛び出した。


「前に星空先輩に告白した子がね、言ってたの。好きな子がいるから、って振られたんだって。星空先輩の好きな人、誰か知らない?」




「なあお前ら知ってた?!?! ハルキに好きな人いるって!」

 駆け足で自分のクラスに戻った途端にそう叫べば、瞬間、サクと愁が盛大にジュースを吹きだした。

 のどにひっかけてしまったみたいで、二人は向かい合った席のまま思い切り噎せている。驚かせてしまっただろうか。うん。まあ驚くようなことを叫んで帰ってきた自信はある。

「……大丈夫かよ二人して。生きてる?」

「いや、げほっ、無理」

 相当気管の深いところで噎せてしまったようで、サクはまだゲホゲホと咳を繰り返してる。先に復活した愁は口元に残った野菜ジュースを拭きながらけらけらと笑った。

「はー、今のはいいパンチだったわ」

「なんだよ愁、別にオレ殴ってねえじゃん」

「これを言葉のパンチと言わずして何ていうんだよ」

 俺に軽口をたたく愁と違って、サクはやっと復活した後も頭を抱えて俯いてしまった。心なしかぐったりしているようにも見える。そこまで悩ませるようなことを言った覚えはないんだけど。ハルキの好きな人——って、みんな知っていることだったんだろうか。

「ちなみに和兎。お前、マジで心当たりないの」

 一応、といった感じで聞いてくる愁に、オレは全力で頷いた。

「ねえよ。なんもねえ。二人は知ってんの?」

 そう言って聞き返せば、愁はハッハーと乾いた笑いを浮かべたままで答えてくれない。サクはもごもごと口ごもって何かを言おうとして、結局大きなため息を吐いた。

「……もういっそ自分で聞いてこい、カズト」

 サクがこの世の終わりみたいな声で、そう呟いた。誰に何を聞くんだろう。さっぱりわからないので、そのまま聞いてみる。

「誰に? 何を?」

「……あのクソハルキに、好きなヤツってのをだよ! あーやってらんねえ。オレ寝るわ。カズト、このまま席借りるぞ」

「あ、うん」

 なぜかヤケを起こしたサクは、そのままオレの席に突っ伏して寝る体制に入ってしまった。昼休みはまだあるから別に構わないけれど、やけっぱちなサクの様子の理由はいまいち分からない。愁の方をちらりと見たら、愁は愁で肩を竦めて苦笑いしていた。

「で、結局カズトは知らないんだろ?好きなヤツ。どう答えたんだ?」

「えっと、普通に知らないって」

「ふうん。で、気になるんだ?」

「そりゃあまあ」

 顔だけは天下一品で、でもコミュニケーション下手くそなあのハルキに、好きな人。ちょっと知りたいと思っても不思議ではないだろう。好きな人相手にもじもじしているハルキを見てみたい。つまりは、ただの好奇心だ。

「サクにも言われたし、聞いてこようかなあ」

「おう、行ってらっしゃい」

 ひらひらと手を振る愁は、なんだか——色々と諦めた顔をしていたかもしれない。



 さて、大波乱必死なわけだが、双子の弟の方は今教室から出て行ってしまったし、双子の兄の方は疲れ果ててそこで突っ伏して眠ろうとしている。

 ヤケを起こす気持ちは分からなくもない。大変そうだなあと思いながらも、一応尋ねてみた。

「朔、いいのかよ」

「何が」

 嫌そうにあげられた顔は、双子なだけあって和兎にそっくりだ。なのに、陽輝に抱く想いは正反対だという。本当にこの双子は、見ていて飽きない。

「和兎にあんなこと言って、進展しちゃったらどうするんだよ」

「知るか。あそこまで話が進んだら、もうなるようになるしかないだろ。オレはもう疲れた」

「大変だなあ、過保護なおにいちゃんも」

「うっせえ」

 それだけ言って、朔はまた机に突っ伏した。

 二人の仲に一番反対していたのは、この双子の兄である。嫌いだからこそ、なんだろうと思っていた。

 しかし、これだけ見ていると、あまり二人の仲に関しては反対していないようにも見える。

 ……と思ったのもつかの間、突っ伏したままの顔から、ドスの効いた重い声が流れ出てきた。

「オレは、あとでクソバカハルキの背中に『俺は能無しです』って張り紙するからいい」


——なるほど、前言撤回。やっぱりただ陽輝が嫌いなだけみたいだ。



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