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第11話 思い出の空

 せっかくのお互いに休みの日。外はあいにくの雨。

 リビングの一画で、地べたに座りながら、あまり良くないオツムをフル回転させる。

 あそこもダメで、ここもダメ。やば、全然わかんない。ええと、ここならいいのでは……? 

 かろうじてひねり出した答えを、指先でパチリと示す。対面でニヤリと笑った龍太郎は、自分の駒を持つと、また盤上にパチリと置いて……あ。

「王手、詰みだ」

「まじかよーーーー!!!」

 うわあああ、と情けない声を上げて、オレはその場でゴロンとあおむけに寝っ転がった。龍太郎はめちゃくちゃドヤ顔で俺を見下ろしている。三戦全敗。雨の日に突然始まった将棋勝負は、龍太郎の完勝だ。

 将棋盤の上では、俺の玉将がなす術もなく詰まれている。龍太郎の王将は無傷であり、一歩も動いていない。まったく攻められなかった。ちきしょう。一回くらい傷をつけてやりたかった。

「あー、一回も勝てない! 一回も!」

「カズトはいつも短絡的だな。その上で変なところで慎重すぎる。だからいつも攻め負けるんだ」

「うっせーやい」

「お、また龍太郎が勝ったのか」

「ああ」

 隣の部屋からサクがニヤニヤしながら顔を出した。手に持った袋菓子は差し入れなのだろう、龍太郎には手渡して、オレには腹の上に投げてよこしてきた。傷心の人間に菓子の袋くらい開けてくれたっていいじゃんか。実の弟への扱いがひどい。

 自分用のペットボトル飲料の蓋を開けながら、サクは龍太郎に笑いかけた。

「いつでもオレに挑戦してきていいぞ、龍太郎」

「冗談言うな。朔には勝てる気がしない」

「将棋で自信がないなら、囲碁でもいいぞ。逆コミ三十目つけてやる」

「うわあ、コテンパンにする気満々じゃん……」

 サクの言葉がどれだけいやらしい意味を含んでいるか、俺はよくわかる。相手に山ほどハンデを渡したうえで、サクは全く遠慮せずに戦ってくるし、その上でしっかり勝つ。つまり、そんだけハンデをやっても負けるわけがないだろうと、暗に言っているのだ。

 サクはテーブルゲームが強い。強いというか、意味わかんないくらい強すぎる。負けている姿を、オレはこの二十二年間で一切見たことがない。と思う。小さなころに一緒に遊んだすごろくや人生ゲームでさえ勝ったことがない。ルーレットやサイコロまで強いってどういう仕組みだ。超能力か。

 囲碁、将棋、オセロといった定番の対戦ゲームは、もう名人級なんじゃないだろうか。リアルじゃあ誰も相手にならないからって、最近はネットの世界でたまに遊んでるらしい。この頭の回転の速さで、オレと同じDNAだなんてうそみたいだ。

 因みに付き合いだしてから知ったことだけど、龍太郎もなかなかに強い。オレは一度も勝ったことがない。……まあ、オレが弱すぎるっていうのもあるのかもしれないけど。


 こうやって、何人かで集まってゲームをすることは珍しくない。オレもサクも別に特別アウトドア派ではないから、暑いから、あるいは寒いから家にこもって遊ぶか、という選択をすることは少なくなかった。

 小さいころは——まだ“天満”だった時も、家の中でオセロとかで遊んでた。月島の家に来てからは月島の父さんと母さんがたまに一緒に遊んでくれてた。トランプや人生ゲームあたりを覚えたのもこの頃だ。

 小学校に上がって——ハルキと出会って。ハルキは放課後の時間はたまにしか空いていなかったけれど、一緒にすごろくやトランプで遊んだっけ。中学に上がったら、そこに愁が加わって。四人で、色んなゲームで遊んだ。

 オセロや将棋はサクが圧勝してしまうので、もっぱらオレと愁とハルキで総当たりで戦った。オレや愁よりもハルキはやっぱり頭が良くて、勝率はダントツ良かった。そんなハルキでもサクには歯が立たなかった。というよりサクがハルキ相手だと殲滅モードに突入して、なんとオセロで全部駒をひっくりかえしてしまったのだ。盤面真っ白。そこまでやるかと笑ってしまった。

 そういえば、そんなサクでも月島の父さんには接戦になったりする。父さんは別に強いわけじゃなくて、正直オレと同じくらいじゃないかなって感じがする。その父さんはサクとはいい勝負になったりもするので、相性ってあるんだなあ、と感じている。

「何笑ってんだよ、気持ち悪い」

「いや別に。サク、父さんとオセロした時は結構ギリギリの戦いしてるから、相性悪いんだなあって思って」

「ほう、そうなのか」

「……余計な事言うんじゃねえよ」

 図星を突かれたからか、途端にサクの顔が不機嫌になる。その様子がなんだか面白くて、つい調子に乗った。


「だってそーじゃん。オレとか、愁……たちとやった時だって絶対完封勝利するくせにさ、父さんにはなんか難しそうな顔してんの」


 一瞬、危なかった。ハルキの名前を出しそうになって、どうにか誤魔化した。

 別にやましいことがあるわけではない。みんな友達同士だった時から、一緒に遊んでいたのだから。それでも、龍太郎の前でハルキとの思い出を楽しく話すのは、憚られた。それくらいの空気は読めるつもりだ。

 龍太郎もサクも、特に気にした様子はなさそうだった。龍太郎はニヤリと笑ってサクの方を見る。

「その対局、いつか一度見てみたいな。もしかすると朔が負けるかもしれないんだろう?」

「負けねーよ、勝手に決めんな」

「それ、いいな! いつか父さんと母さん入れて、みんなで遊びたいもんな!」

 そう言うと、サクがちょっと意外そうにオレを見て、龍太郎も驚いているのか目を丸くしている。何か変なことを言っただろうかと首を傾げると、龍太郎が目を細め、口角を上げて言った。

「へえ、和兎。それはつまり、両親に紹介してくれるってことでいいんだな?」

「……あっ」

 その考えはなかった。実は龍太郎は、まだ月島の両親には会ったことがない。オレとサクが両親とは離れて暮らしているからタイミングがなかった——と言えばそれまでなんだけれど。やはり、両親に『紹介する』という一歩は、踏み出せていなかった。

「そ、そう、かも……?」

 突然口の動きが悪くなったオレを数秒じっと見つめたあと。

 龍太郎とサクが、こらえきれないとばかりに同時に噴き出した。

 ぽかんとするオレに、龍太郎は声を震わせながら言う。

「悪い、いじめすぎた。気にするな」

「な、なんだよもーー!!!」

「カズトお前、ほんと取り繕えないというか、顔に出やすいよなあ」

「知ってるよそんなこと!!いっつもサクがそれ言うんじゃん!!」

「あーはいはい、同じ顔で喧嘩するな二人とも」


 ぎゃんぎゃんと吠えるオレと、いなすサクと、諫める龍太郎。

 割といいバランスで、三人っていう形は成り立っていて。

 ここまでの過程は色々とあったけれど、割と綺麗に収まっていると思っている。


 でも、この形は本当にあっているのか。

——何かを、見て見ぬふりをしていなかったのか。

 この頃はまだ、誰も口には出さなかったんだ。


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