見知らぬ街。見知らぬ学校。見知らぬ公園。オレとサクにとって、そこはひたすらに『知らない』場所だった。
新しい両親。新しい環境。正直、まだ幼いオレたち双子は色々限界だった。
ふてぶてしくて気の強いサクでさえ、この頃は表情を強張らせてた。オレにはわかる。サクもかなり無理をしていたんだ。泣いたり、叫んだり、うずくまったりしたかった。でも、周りがそれを許してくれなかった。
事故で親を亡くしたあとから、オレたちを見る多くの目は、あまりいいものじゃなかった。
可哀想。
たいへんだなあ。
よそ者。
親なし。
変に憐れむような目線と、下手に気遣うような目線。明らかな敵意を向けてきたり、見下してきたり。児童養護施設でも、小学校でもそうだった。環境の変化で気持ちの整理がつかないうちにそういった視線を向けられて、いい気分になるわけがない。
そんな中でほぼ唯一、まっすぐにオレたちを見て微笑んでくれた人がいた。それが今の、新しい父さんと母さんだ。
六歳になったオレたちを引き取ってくれた父さんと母さんは、本当にいい人たちだった。ちょっとぶっきらぼうな顔をする父さんと、目つきが鋭くてかっこいい母さん。二人だけは、他の人のような目つきをしなかった。それだけで、オレたちにとっては十分だった。
しかし、子ども同士はそうはいかない。思ったことはポーンと率直に飛んでくる。
『なあお前、貰われてきた子どもって本当?』
またか、とイライラする気持ちは隠せなかった。こんな言葉は、割と何度だって言われる。天下無敵の小学生男児に、デリカシーもへったくれもないんだ。思ったことはなんでも言うし、相手をちょっと傷つけるくらいの言葉は逆に『ちょっかい』として余計に飛び出してくる。言われる側としては、たまったもんじゃない。
『なあ、お前はどう思うよ』
デリカシーがマイナスに天元突破していたガキ大将にそう声をかけられたのは、当時一歳上だったハルキだった。背が高くて、かっこよくて、なんかクールな感じがした、そんなヤツ。
道を通りかかっただけのハルキは、オレたちを一目みて、ただ一言だけ呟いた。
——どうでもいい。
それを聞いたオレたちも、ガキ大将もあんぐり口をあけてしまった。
メンツを潰されたガキ大将はみるみる顔を真っ赤にしてハルキに何か怒鳴りちらしてた。けどハルキは全く意に介さず、真っすぐに道を歩き去っていったんだ。その様子がなんだかおかしくて、それから数日は思い出しただけで笑ってしまったっけ。
今なら分かる。
あれは本当に、ハルキにとって『どうでもよかった』んだ。
アイツは自分に関係のない他人をどうこう思うほど、情緒が育ってなかった。というより、そんな暇もないし、何より面倒だったんだろう。
逆にそんなハルキだから、オレたち同様、ガキ大将に標的にされることも少なくなかった。
金持ちだってことも相まって、バカにするヤツと金をせびるヤツが混ざっていて、この世の醜さを煮詰めたような光景になっていた気がする。
ある日なんて、本当に酷かった。
『なあ、お前んち金持ちなんだろ。金とかくれねえの? 小遣い、ちょっとくらい俺にくれたってよくねえ?』
『こいつの持ってるもん、全部高いらしいぜ! 高く売れるんじゃね?』
『お、マジ?』
そんなことを言いながら、ガキ大将やいじめっこたちはハルキの周りに集まり、ランドセルについているものなんかをべたべた触っていく。流石にまずくないかと他の子どももチラチラ見ていたけど、誰も止めようとしない。
ハルキは特に声を荒げて嫌がる様子もない。オレたちの時のように、ハルキは至極どうでもよさそうに冷たい目線を向けるだけだった。ガキ大将たちも、嫌がってないんじゃないか、なんて笑ってやがった。
でも、普通わかるだろ。
相手が『どうでもいい』と思っているからって。
何を言っていいってワケじゃない。
そんなこと、六歳のオレでもよく分かってた。
自分達と重ねてしまった気持ちもあるのかもしれない。
とにかく、もう我慢ならなくて。一学年上とか、ガキ大将相手とか、そんなことは頭から吹っ飛んで。
気付けば、そのガキ大将にドロップキックをお見舞いしていた。
当時六歳だった、オレとサク。身体は小さいし、顔だって幼い。いっそ女みてえって言われるくらいだった。
——でも、ちょっとこれは自慢なんだけど。
生まれてこの方、喧嘩でだけは負けたことが無かったんだ。
突然の背後からの攻撃に、ガキ大将はすってんころりんと頭からいった。ざまあみろ。他のヤツだってあんぐりと口を開けてこちらを見ていた。
だが、転んだ本人も、他のいじめっこも、タダでやられっぱなしにはならない。オレの方に掴みかかってきたヤツがいたから、テレビの見様見真似でぶん投げてやった。そこからはもう大乱戦。当の本人のハルキはどっかでいなくなったけど、ガキ大将たちはもうオレしか見えてなかった。
目の前でいきなり始まった殴り合いに、サクは最初ポカンとしていた。でも、オレだけ喧嘩させるわけにいかないと思ったのか、少し遅れて喧嘩に参戦した。タイミングの問題ってわけじゃないとは思うけど、オレは数発殴られたっていうのに、サクは一発だって殴られていなかった。けろりとしているサクと、ちょっと頬を腫らせたオレ。校長室に呼び出されて、父さんと母さんにしこたま怒られた。あんなに怒られたのは、引き取られてから初めてだった。
流石に、ちょっと怖かった。引き取るんじゃなかった、って言われたら、って。頭をよぎった。
でも父さんと母さんは、オレたちのことをしこたま怒った後に、ぎゅって抱きしめてくれたんだ。
——なんてことをした、相手の怪我に責任をとれるのか。
——自分がやられて困ることを、相手にするんじゃない。当たり前のことだ。
——お前たちに、大きな怪我はないのか。それは、良かった。
——そうか、お友達を守ったのか。頑張ったな。
ああ、あの二人は本当にいい両親だと、今でも思う。
怒り、褒めるバランスが上手い。飴と鞭、とはちょっと違う。ちゃんと愛情を持って叱ってくれているんだとわかる、そんな二人なのだ。
おかげでオレはぼろぼろ泣いてしまった。サクはそっぽを向いていたけれど、父さんに頭を撫でられた時はちょっと涙目になっていたのを、オレは見逃してない。
次の日。登校したオレたちの前に、ハルキが待っていた。
小さく一言だけ。こないだよりも、もっともっと小さな声で。
——ありがとう。
まるで初めて言うみたいに戸惑っている姿が、なんだか可愛くて。
背が高くて、顔が良くて、女子にキャーキャー言われて。そんなヤツが、緊張で固まりながら、オレにありがとうって言うんだ。
こいつ不器用なんだなあって、よく分かった。人の多い校門でゲラゲラ笑っちまった。隣でサクは呆れたように溜め息を吐いて、ハルキはなんで笑われてるのかわかんなくて首を傾げてた。
これが、オレたちと、ハルキの出会い。
ここから十年以上続く、長い長い物語の始まり。
さあ、これから一緒にパズルを組もう。
キレイな空の色をした、思い出という名のパズルを。