「はあ? ハルキに会った?」
昨日のパーティで出会った幼馴染——星空
双子の兄である、月島
オレよりも頭が良くて、冷静で、何でも出来る。出来ないのはコミュニケーションだけだ。サクはオレ以外とはめったに話さない。人嫌いが天元突破している、そんなヤツ。オレ以外ともちゃんと話せばいいのにと思うけど、まるで虫でも食ったのかと思うくらい顔を歪めるから、もう勧めるのもやめた。
サクのそういうところは、むしろハルキと似ているんじゃ、と思うけど、それを話すとサクは絶対に嫌がるから言わない。
オレと、サクと、ハルキ。高校まで一緒だった幼馴染だというのに、出会った小学生の時からずっとサクはハルキが大嫌いなのだ。
これ以上ないというくらい顔をわざとらしく顰めた上で、忌々しそうに朔は言い捨てた。
「なんだ、あいつ生きてんの。ケッ」
「相変わらずハルキに辛辣だなぁ、サク」
「オレ、あいつ嫌いだし。ワサビしか入ってない寿司くらい嫌い」
あまりに例えが限定的すぎて、苦笑いするしかない。わかるようでわからん。いやオレもわさびは得意じゃないけどさ。本当にワサビ寿司を食べたのかと思うくらい、盛大に顔を顰めながら言うもんだから、マジでサクはハルキが嫌いなんだ。なんでそんなに嫌いなのか、何度か聞いたけど一度も教えてくれなかった。
はーー、と大きな溜め息をついて、今度はサクが尋ねてきた。
「で、どうすんだよ」
「どうするって、何が」
「取引先の企業、ハルキんとこ……星空カンパニーの系列だったんだろ? 下手するとまた会うことになるぞ。
……お前から関係切った元カレに、またホイホイと会いたいのか?」
「……」
サクの言っていることは、まさにその通りだ。考えることもしたくない問題が再び顔をだしてしまって、オレは大きな溜め息を吐くしかなかった。疲れ切った脳裏に、嫌な光景を思い出してしまう。あんな思いはもう二度と御免だというのに、オレはまた悩まされることになったわけだ。
ハルキとオレは、所謂、恋人同士だった。まだ高校生の頃の話だ。そして、ハルキの幸せを想って、俺から連絡を断った。それが四年前、オレが高校三年生の時。一つ年上のハルキは大学生になっていた。晴れ姿は、見なかったけど。
んでもって、今度はオレが大学生になり卒業間近になった時。サクと二人で起業することになって、全面的にバックアップしてくれたのが夜空カンパニー。
その夜空カンパニーの提携先——というより、もうおんぶにだっこしてくれている会社、それがまさかの星空の家の企業だったのだ。《星空陽輝》という名前が示しているように、ハルキの会社が有名な星空カンパニーであり、その一人息子だということは幼い頃から知っていた。たまたま小中高と一緒だったけれど、本来だったなら話しかけることすら出来ない立場であることは何となく察しがついていた。
だがまさか、自分が起業した後に、その『上』の会社の人間としてハルキに会うだなんて、思いもしなかった。完全に盲点だった。
昨日の夜、ポケットの中に入れられた連絡先は、まだ捨てられないかった。すぐに捨てたらいいものを、なぜか今は仕事の手帳の中に入れてしまっている。一応仕事の相手だし、なんて未練がましい言い訳をしてしまったことが恥ずかしい。
自分自身のちぐはぐな行動が、気持ち悪くて、腹立たしくて、酷く疲れる。自分で自分の行動がわからなくて、ストレスになって仕方ない。どうしていいのか、どうしたいのか、自分でもわからなかった。
にゃあん、という鳴き声と共に、足の脛あたりにあったかい感触がして、ハッとする。白黒の模様が特徴的な猫が一匹、擦り寄ってきてた。約十年一緒にいるこの猫は、飼い主のメンタルを察しては、よくこうやって慰めにくる。よく出来た家族だ。モモ、と名前を呼びながらその巨体を抱き上げて顔を埋める。思い切り息を吸えば、猫特有の匂いがする。これがまたなんとも落ち着くんだ。いわゆる猫吸いである。助かる。
静かになってしまったオレを見て、サクがふふんと鼻を鳴らした。
「そんなに気になるなら、オレがお前のフリして会って、こっぴどくフってきてやろうか」
「バレるに決まってんだろ、アイツ、オレとお前を間違えたことないじゃん」
「今ならいけるかもしれねえだろ。丸四年、会ってなかったんだから」
サクの言葉に半笑いで返しつつ、きっと無理だろうなと思った。
初めて会った時からそうだ。ハルキは一度だって、オレとサクを間違えたことなんてない。
わざとお互いのフリをした時だってあった。今でも覚えている。サクと一緒に行って欲しいと買い物の予定を伝えて、あえてサクの恰好をして待ち合わせ場所に向かったのだ。表情も服装も完璧だった。オレとサクは体格まで完全に一緒だけど、服の好みは違うので、衣類が違えば騙せる自信があったんだ。
でも、ハルキは絶対に間違えなかった。
『なんでアニキのふりしてるんだ。ごっこ遊びか?』なんて冷静に言われて、こっちが恥ずかしくなったのは今でも忘れない。
まあ、そんな話はいい。問題は、これからどうするか、だ。
ハルキの連絡先の入った手帳を思い出しながら、オレは小声で言った。
「……会うかも、って言ったって、『かも』だろ。可能性は高くないし」
そう、可能性は高くない。かも、という言葉だけだ。ハルキは取引先の企業のトップの、更に上にいる。そうそうと会う機会があるとは思えないし、思いたくもない。そもそも起業だってようやく進んだばかりだ。今更、夜空からの支援を断るわけにだっていかなかった。
——それはつまり、このまま何もしない、ということだ。
オレの意図を察したのだろう、サクがふうんと興味なさげに目を細めた。
「まあ、別にいいけど。
でもな、カズト。その辛気臭いツラで仕事すんなよ。オレにうつりそうでダルい。」
「お前、オレにまでキツくない?」
「過去のオトコに振り回されてる社長にイラついてんだよ。現実見て、早く切り替えて仕事しろ」
「はーい……」
サクの言い分は尤もで、ぐうの音も出ない。
というか、いつだってサクに勝てたことがない。何言ったって負ける。いつものことだ。モモを床に戻したら、にょあん、と不満げに鳴かれた。オレだってもっと吸ってたいっての。
どうにか一日の仕事を終え、這う這うの体で自室の扉を開ける。小さな部屋。ベッドにどしんと腰掛けると、サイドテーブルに伏せて置いてある写真立てが目に入った。少し震える手で伏せてあるソレを持ち上げ、視界に入れる。見えた写真は、かつてオレとハルキが二人で撮ったもの。海の前で二人で写るそれは、もう二度と撮る機会はないだろう。全てを断ったあとでも捨てられなくて、たった一枚だけ残した思い出。
自分ではどうしようも出来なくて、結局こうして、まだ残してしまっている。
小さく溜め息を吐いて、また写真を見えないように伏せて置いた。裏にはよく見ると埃が積もってしまっている。ずっと伏せて置いているのだから、当然といえば当然だった。何も行動しない、というのは、優柔不断だっただろうか。
確かに、繋がりは出来てしまったけれど。別にそのせいでどうこうなるわけじゃない。……と思う。
きっと、あの一日だけだ。それだけ。
もう会うことは、ないんじゃないかってと思ってた。
……今思えば、その考えはあまりにも甘かったんだ。