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空色パズル
五十嵐あさひ
BL現代BL
2024年07月09日
公開日
105,385文字
連載中
想いは変わらないのに、うまく繋がれない。これは、そんな不器用な人たちの物語。

明るい性格のカズトと、良家の息子でクールなハルキ。二人は幼馴染でもあり、そして高校時代に将来を誓い合い、その手をとった。
しかし、とあることがきっかけで、カズトはハルキから離れてしまう。それはハルキの幸せを想うがゆえの、カズトの苦渋の決断だった。
それから、四年。社会人になった二人は、全く予想だにしていなかった再会を果たす。今度こそ手放したくないハルキ。逃げ出したのは自分だと、その手を振り払うカズト。別の影は静かにその手を取り、カズトと瓜二つの青年は不機嫌そうに眉を寄せた。

周囲の人たちは、何を思うのか。
二人の想いの、行く先は。
好きだからこそ、不器用で。不器用だから、伝わらなくて。
そんなもどかしいキャラクター達の送る、すれ違い純愛BLストーリー。

※この作品はネオページ編集部が提案した原案をもとに執筆を打診。作家様の翻案を経て制作された作品です

第1話 しまいこんだ宝箱

「Could you help me out a little?」


 背後から突然話しかけられて、慌てて振り向いた。しかも英語。何がなんだって?

 振り返った先で、金髪美人のお姉さんが困った顔で地図を広げている。細かい英語は分からないけど、迷っているらしい。わかる。オレもこんな広い施設、さっぱりわかんねえ。

 とりあえず大体あのへんに目的地があるから、あとはあっちのお兄さんに聞いてくれ! と簡単な英語とジェスチャーで伝える。どうにか伝わったみたいで、金髪のお姉さんは笑顔でスーツケースを押して歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、オレもだだっ広い建物を進んでいく。ここの天井は高くて、エスカレーターや入口、標識が多い。鳴り響くアナウンスは、日本語と英語が混ざってる。多分他の言葉も流れてる。オレはバカだから、あんまりよくわかんないけど。

 あたりを行きかう人々は、みな大きめのスーツケースを押したり引いたりしている。オレの持っているスーツケースも、その人たちに負けず劣らず大きなものだ。でも、歩く足取りが重くなってしまうのは、きっとスーツケースのせいだけではない。それは自覚していて、その事実がちょっとしんどかった。

 オレは今日、この空港から日本を離れる。今、目の前の窓から見える大きな旅客機に乗って。

 ガラスに映ったオレの向こうに、まるで怪獣かと思えるほどにデカい機体が見えて、思わずまじまじと見てしまう。すげえな、飛行機ってこんなにデカいんだ。まあでも、そりゃそうか。人が乗るんだもんな。丈夫じゃないといけないよな。……こんなにデカいの、本当に飛ぶのか? 全部金属なのに? 重くない?

 初めて乗るもんだから、オレのちいちゃな心臓は既にキュッとしちまってる。毛なんて生えているもんか。オレはこれでも結構ナイーブなんだ。

 対して、俺のたった一人の兄は平気な顔してスマホをいじってやがる。ただ座る姿さえスマートで腹が立つ。くそ、羨ましい。オレと違って、アイツの心臓の方には絶対に毛が生えていると確信している。薄茶色の髪も、琥珀色の瞳も、ちょっと童顔なところまで全く同じ。なんなら身長体重までミリ単位で同じのくせに、双子の兄はオレと全然違う。なぜこうも中身に差が出たのか。この留学に必要な学力試験でさえ、二人で明確な差が出た。悔しいったらありゃしない。ああでも、でも女子にはオレの方がモテてた。アイツは無愛想すぎるんだ。……閑話休題。

 メンタルコンクリートな兄を羨んでも仕方ないので、諦めて待合室の対面の席に腰を下ろす。そのままオレ自身のスマホを取り出して、山ほど来ていた通知を確認した。いくつか入っていたメッセージは、オレの留学を祝うものや送り出すものばかり。元気でね、早く帰ってこい、英語ぺらぺらになれよ、などなど。背中を押してくれる友達が多いのはありがたい。あ、誰だこれ。可愛いアメリカンな彼女作ってこい、なんてよこしたの。帰国したらシバく。作れたら、苦労しないっての。

 スマホを伏せて、はあ、と溜め息と吐いた。天井を見上げて、目を閉じる。右手の中に収まるこのスマホに、一番大切だった連絡先は入っていない。キレイに削除したうえで、アドレスからSNSまで全てブロックしたから、お互いに絶対に連絡がつかないはずだ。

 ついこの間まで触れあっていたその手を、オレから振り払った。分厚い壁でシャットアウトした。辛くないわけがない。でも、あのまま一緒にいるわけにいかなかったから仕方ない。オレのためにも、——アイツのためにも。

 閉じた瞼の裏で、ぼんやりと思い出してしまう。アイツと初めて会った日のことは、今でもよく覚えていた。

 顔合わせは、まだお互いに小学生の時。放課後の公園で出会ったアイツは、同年代のくせにスカしたやつだった。背が高くて、顔も良ければ頭も良かった。オレの半身とそりが合わなくて、よくバチバチやってた。オレはよく間に入って宥めたっけ。大変だったよ、全く。

 サラッサラのキレイな黒髪と切れ長の瞳が王子様みたいだー、なんて女子がどれだけ騒いでも言ってても、それを一切気にしないヤツだった。アウトオブ眼中。マイワールドに生きてる。コミュ力に振られるはずだったパラメーターを全て外見と頭脳に全振りした、そんなヤツ。

 でも、オレは知ってる。アイツの中身は誰よりも繊細で、優しいってこと。器用なくせに不器用で、真っすぐなくせにへそ曲がりで。矛盾しながら生きていくアイツの姿は、素直にカッコいいと思えた。

 その背丈のせいで、笑えるくらいランドセルが似合わなかった姿も。

 普段滅多に笑わないくせに、ふと不意打ちで微笑んだ時の顔も。

 誰にも見えない場所で、共に指先で触れあった、あの温かさも。

 オレは、忘れない。忘れられない。アイツの思い出は、オレの中にあまりにも深く入り込みすぎた。それくらい、心から——オレは、あいつを。


 だから、オレはここを離れる。——あいつに、幸せになって欲しいから。

 共に居ることと、幸せになることはイコールじゃない。オレは、それをよく知っている。


 ぽん、と軽く肩を叩かれて、目を開ける。明るくなった視界で、オレと同じ顔が呆れたようにじっとりと見下ろしていた。もう飛行機に搭乗できる時間らしく、周囲の人たちも立ち上がっている。

 電源を切った携帯電話を、カバンの中に放り込んで立ち上がる。スーツケースが、やっぱりちょっと重かった。

 お前が幸せになってくれたらいい。

 お前の幸せを、オレも望むから。

——だから思い出だけ、貰っていくな。


 スーツケースの中に、たった一枚入った写真。どうしても捨てられなかった、その一枚だけを持って。

 もう、会うことはないアイツの思い出だけを連れて。

 海の向こうで、アイツを思うよ。

 まるでアメジストのような瞳の輝きを、思い出を。オレは胸の奥の宝箱に、大事にしまい込んだ。


 じゃあな——大好きだったよ。




「——お客様、つきましたよ。」

 ガタン、と車が揺れる感覚で目が覚めた。車に揺られているうちに眠ってしまっていたらしい。気づけば窓の外は知らない夜景になっているし、タクシーの運転手は怪訝な顔をしてこちらを見ている。

 緊張して眠るどころではないはずだが、どうやらその疲労感から逆に意識を失ってしまったらしい。酷い緊張のせいか、嫌な夢を見た。思い出したくもない記憶だ。じっとりと汗ばんだスーツが気持ち悪いが、今そんなことを言っている場合ではない。慌ててカバンから財布を取り出しつつ、タクシーのメーターに視線を走らせた。

「やべ、ええと、いくらですか」

「代金は結構です。これは夜空カンパニーが手配したタクシーになりますので」

「はあ、そうですか……」

 タクシーの運転手が愛想笑いを浮かべながら言った言葉に、オレは若干呆然とする。そうか、他の人が呼んだタクシーなら、そっちにツケることになるのか。大人の世界はよくわからん。いや、オレも一応大人のはずなんだけど。なんて、ちょっと的外れなことを思い浮かべつつ、オレは開いたドアから逃げるように車を降りた。

 目の前にそびえ立つのは、誰でも名前は聞いたことのあるだろう、高級なホテル。勿論、オレは初めて来る。なんてったってド平民だ。そんな機会が何度もあるわけがない。

 一瞬、ぽかんと口を開けて突っ立ってしまったが、ずっとこうしているわけにもいかない。入口に近づけば、待機していた黒服の男性が一人、オレに声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。パーティにご出席の方ですね」

「は、はい! あの、コレを」

 カバンのポケットから、準備していた招待状を取り出す。それを見た黒服の男は、にこりと笑って「こちらです」とオレを案内した。

 ちらりとだけ黒服が二度見した招待状の封筒には、丁寧な字で『月島和兎様』と書かれている。名前は少しだけコンプレックスなので、あまりまじまじと見ないでほしいくらいだ。確かに童顔で低身長だけど、れっきとした成人男性なのでウサギなどではない。決して。どちらかと言えば、髪が白くなっておじいさんになってから似合う名前じゃないか、なんて子どものころから思っている。それでも「可愛らしい名前ですね」とか言ってこないあたり、この黒服のお兄さんはデキる人だろう。因みにこれを言ってきたのはかつての高校の担任だ。本人に悪意がなかったから、あの時は恨むことも諦めた。

 黒服に連れられ、会場と思われるホールの入り口が見える。黒服から案内をバトンタッチされたボーイが、穏やかに微笑みながら声をかけてきた。

「——月島和兎カズト様。上着をお預かりいたします」

「あ、ありがとうゴザイマス」

 ぎこちない動作で上着を預けると、ボーイは小さく会釈してその場を去っていった。番号札やカギなどを貰っていないが、これは帰る時に顔パスで上着を持って来て貰えるということか。完全に上流階級の場所すぎて何も分からない。ホールの中に一人立ちながら、俺はその場で溜め息を吐いた。

 豪華絢爛なホールの中で、綺麗に着飾った人たちが談笑している。入れる自信は全くない。というか、場違いなのだ。知っている。知っているが来ないといけなかった。

 緊張しすぎて、毛なんてはえていないオレの心臓がドクドクいっている。ヤバイ。

 立ち止まって何度も深呼吸して、自分を落ち着けようとする。

 その時でさえ横を色んな人が通りすぎていって、いっそ恥ずかしくなってダメだった。



 海外留学中に決めたことではあるが、大学を卒業する今年、起業することになった。一人で、ではなく、双子のサクと一緒に。

 ポッと出のオレたちの会社に協力な後ろ盾がついてくれたのは、別にオレの力のおかげではない。正直、俺にそんな才能はないのだ。事業が軌道にのったのも、後ろ盾とのコネクションを得られたのも、顔だけそっくりな双子の兄貴のおかげだった。

 オレと同じ赤茶色の髪をふわふわさせて、でもオレと違って眼光の鋭い、人嫌いの兄の月島サク

 これだけトントン拍子でコトが進んだのはお前の力なんだからお前が行けよ、と言ったら、まるで虫を払うようにシッシッってされた。

『オレがそんなパーティ行くわけないだろ。第一、こんな無愛想なヤツが行ったって出来ることなんてなんもねーよ。ていうか、社長はお前なの。わかる? 行ってこいよ、しゃ、ちょ、お?』

 なんて言って部屋の扉を閉めやがった。ご丁寧に招待状ごと、俺を外に放り出して。用意周到かよ。

 あいつ絶対許さねえ。次会ったらシメてやる。勝てたことないけど。悲しきかな、兄弟の力関係よ。双子なんだけどなあ。

 ぐるりと周りを見渡したけど、やっぱりかしこまった服の人しかいない。こんな場所、普段縁がないから余計に緊張する。さっさと用事を済ませて、あとは会場のスミで大人しくしていよう。そう決めた。

 そもそも、こんな場違いのパーティ会場に来たのは、オレたちの後援企業である《夜空カンパニー》の社長に招待を受けたからだ。社長である夜空権蔵よぞらごんぞうはとんでもなく真面目で気難しく、人嫌いで有名だった。ところがなぜか双子の兄である朔がどこからかコネクションをとりつけており、オレが顔合わせで会った時には既に人のいいおじいさんって感じになっていた。兄、恐るべし。インターネット上で何をして何を言ったのか、オレにはてんで検討もつかない。

 そんな権蔵社長曰く、『会社を興したならば、人脈は必須だ』と、パーティに招待してくれたのだ。自分の取引している企業のお偉方を紹介してくれる気満々らしい。この話を聞いた時点でオレの胃痛は既に始まっていたのだけれど、文句など言えるはずもなかった。

 ただまあ、その気遣い自体はとてもありがたいのは事実で。だからこそ、まずは本日の招待主を探さなくては。

 ボーイからの飲み物を断りながら、何度か会ったことのある権蔵社長を探す。でも、ホールの中心部を探してもなかなか見つからない。あの見事なまでのツルツル頭、見逃すはずないんだけど。

 案の定、会場のスミっこの方で、誰かと熱心に話をしている姿を見つけた。そこそこ年配の権蔵社長にしては、随分若そうな男と話をしている。後ろ姿だけしか見えないけど、俺と同い年くらいだろうか。背、たっけえの。

「夜空社長!」と声をかけて駆け寄った先で、オレに気付いた権蔵社長が嬉しそうに手を上げた。やっぱり、オレと話す時の権蔵社長はいい人でしかない。世間の評判ってよく分からん。

 話し相手である男も権蔵社長に合わせて、ふと、こっちを振り返る。整えられた綺麗な黒髪が、ふわっと揺れた。


 その瞬間。思わず、ヒュッと息を飲んだ。

 周りの音が、みんな静かになって。ドクン、と、心臓の音がよく聞こえた気がした。このまま心臓が止まってしまいそうな、そんな気さえした。

 見間違いじゃない。俺があいつを見間違えるわけがない。

 だって、どれだけ、思い悩んだか。どれだけ、忘れたいと願って、どれだけ——

 指が震える。唇が震える。根が生えてしまったかのように、足が動かない。

 それをじっと見つめる瞳が、光の下で輝いていて。

 ああ、そうだよ。オレはよく知っている。

 あいつの瞳、光の下では深い紫に見えるんだ。

 オレだけが知ってるんだ。他の誰も知らない、オレだけが——


「……かず、と……?」


 豪華でにぎやかなホールの中、眩しいシャンデリアの下で深い紫色が見開かれる。

 それはオレのことを静かに、じっと見つめていた。

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