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第71話

 村の建物は全てが木でできており、しかし所々朽ちたりしている。それでも、村に住む人々は新緑のように生き生きとしていて明るい。


 持ち主の個性が出ているのだろう、それぞれ形の違う家を眺めながら二人は食堂まで歩く。


 食堂は、二階建ての建物で、一階部分が店舗、二階部分が住居になっている。広さは村人の半数が入る程だ。


 今は丁度開いたところらしく、これから人が増えるだろう。


「いらっしゃい。ああ! アサリナちゃんじゃないの⁉」


 カウンターから現れた中年の女がアサリナを見て顔を輝かせる。


「久しぶりー」

「あらま、友達も一緒?」

「どうも」


 アオが会釈すると笑い返してくれた。


 そして、席に案内され、二人は向かい合って座ることになった。杖は端の方に立て掛け、邪魔にならないようにする。


「アサリナちゃんのおかげで村は平和になって、美味いもんいっぱい取れるようになったんだよ」

「それは良かったー」


 以前、この村とアサリナの間でなにがあったのか知らないが、別にアオは聞く気にはならない。


 それから一言二言交わし、アオにも手を振って女が店の奥に引っ込むとアサリナが笑顔を向けてくる。


「ご馳走してくれるってー」

「それはありがたいね」

「ねー」


 そこで会話は途切れる。


 アサリナは気にした様子無くニコニコしている。たまに店にやって来る客に手を振っている。


 アオも気にした様子無く、ただボケーっとしている。なんとなく落ち着く店内、温かい村人がいて、どうも気が抜けてしまう。


 翠とこうして、落ち着いた町で二人で暮らす、なんてことを考える。


「なんで笑ってるのー?」

「え、笑ってた?」

「うん、ニヤって」


 アサリナが口角を指で持ち上げる。アオはそんなアサリナの足を蹴る。


「いったーい……‼」


 顔を歪ませるアサリナに鼻を鳴らしたアオ。


 そのタイミングで料理が運ばれてきた。


「お待たせ、いっぱいお食べ!」

「おー、美味しそう!」

「ありがとうございます」


 目の前には五つのお皿が置かれた。


 二つは野菜の盛られたサラダ、もう二つは白いシチュー、最後の一つ、一番大きな皿にはパンが置かれていた。


「ゆっくりしてってね」

「はーい!」


 料理を前にしてアオのお腹が鳴る。


 アサリナはやはり疲れていたらしく、早速手を合わせて食べ始めていた。


 アオも手を合わせて食べ始める。まずはシチューから口に入れる。口の中で転がる肉の旨みがあふれ出し、温かいシチューが心も温めてくれる。


「美味し~い」


 疲れが吹き飛ぶ美味しさにアサリナの顔はへにゃへにゃになる。


「やっぱり、結構魔力使ったの?」

「うん、二人で乗って飛んでるからねー」


 まだ魔力に余裕はあるが、休憩できるうちに休憩しようというところだ。


「それにアオ、疲れていたし」

「まあ……今後これが続くとなると思うと……」

「なんか傷つくなー」


 かなり疲れたアオだったが、これから姿を消す必要がある度、アサリナを抱きしめなくてはいけないと思うと、このままシチューに顔を浸けたくなる。


(姿を消すのってさ、翠でも他の人は抱きしめないといけないの?)

『そうじゃな』

「はあぁぁぁぁぁぁ……」

「うわあどうしたー⁉」


 慌ててアオの前にあるシチューの皿を持ち上げるアサリナ。それによって額をテーブルにぶつけたアオ、額をさすりながら顔を上げる。


「別に……」


 暗い顔をしたアオがパンを掴んで口に入れる。


 小麦の芳醇な香りがいっぱいに広がり、もちっとしたパンの触感にもう色々とどうでもよくなる。


「美味しい……」


 とりあえずこの心の疲れを癒そうと、次から次へと口の中に料理を詰め込むアオ。


 アサリナも冷める前に食べてしまおうとのことで料理に集中することにする。


 二人が食べ終わるころには、食堂の半分近くが埋まっていた。


「あー美味しかった~!」

「ふう……お腹いっぱい」


 もうこれ以上食べきれないところまで食べたため、すぐには動けそうにない。


 この後はどうするのか聞いてみると、お代はいらないとのことで、その代わりに手伝いをするとのことだ。


 無駄な時間を使っている暇はない――とはならず、アオもこんなに美味しい物を無料で食べさせてもらう気にはなれず首を縦に振る。


 少し休んで店の奥に向かう。


「ごちそうさまー! なにか手伝うよー」

「ごちそうさまでした」


 二人がひょっこり顔を出すと、奥では先程の男が大急ぎで料理を作っていた。


 恐らく夫婦で切り盛りしているのだろう。


 手伝いということは配膳の手伝いかな、とアオは考えている。


「それは助かります、それでは食材を取ってきていただきたいのですが――」


 男が皿に料理を盛りながら答える。その皿を女が運び出す。


 こんなに忙しそうなのに、配膳を手伝わなくてもいいのかとアオは驚いたが、なぜそれをしなくて大丈夫なのか、その理由が解消する。


「すみません! 遅れました!」


 そんな声といっしょに、厨房の裏口から入って来たのは、一人の若い女の子だった。


 両手で抱えた野菜を置いて、水で手を洗って皿を持って行く。


「わっ、アサリナさん⁉ 久しぶりです」


 アサリナの姿に驚いた少女は、アオに気づくと嬉しそうに笑って配膳へと向かった。


 慌ただしく動き回る食堂内、アオはどうすればいいのか分からないが、アサリナはいつもの調子で男に聞く。


「ウサギ狩ってこればいいんだねー?」

「お願いします!」

「はーい! アオ、行こっか」

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