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第37話

 アオが目を覚ますと、そこはあの海の中まで続く階段だった。


 朝日がアオを照らしている。


「あれ……ここは……」


 あれは、夢だったのだろうか。あの時のことを思い出してしまい、身体が震える。意識を失ったと思えば謎の空間へやって来て、絶望して地獄へ行き鬼に会う。確かに夢のような出来事だった。しかし夢で片づけていいのかどうか、その判断はしかねる。


 まだスイの感情を解放することに失敗していなかったことに喜ぶこともできずに、あの地獄から逃れられたことに対しての安堵が大きい。


「よかった……地獄じゃない……」

「あの……!」

「え⁉」


 アオが胸を撫で下ろしていると、突如声をかけられた。


 そういえば、薬を飲んで人間の脚に戻ったところだったのだ。


 慌てて振り返ると、そこにいたのは使用人の女だった。


 使用人は怪訝な顔でアオを見ている。それもそうだろう、朝っぱらからこんな所で裸の娘がいるのだ。誰だって不審に思うはずだ。


「あっ、ごめん、えっと服が……」


 いきなり現実に戻され、あたふたとするアオ。完全に不審者のそれなのだが、使用人は、毛布を持ってきます、とだけ言い、城の中へと戻っていった。


 現実に戻されたおかげで身体の震えは止まり、思考もこの世界でやることのために動いていく。


 この件は元の世界に戻ってから考えることにしよう。まずこの世界でやることを済ませなければならない。


 アオが再び決意をすると、丁度使用人が毛布を持って戻ってきた。


 ありがたくそれを受け取ったアオは城の中へ入れてくれるということで、使用人について行くことにする。そうして、一歩踏み出した時――。


「い――っ‼」


 鋭く尖った針や、ナイフの上を歩いているような痛みが襲いかかる。


 一歩も歩くことができない、その場に崩れ落ちるアオ。


「大丈夫ですか⁉」


 一体何事かと、使用人はアオを抱き上げる。額からびっしりと汗をかいているアオを見て、どうすればいいのか分からない様子だった。


 使用人の言葉になんとか返事をすることができたアオが、なんとか立ち上がろうと踏ん張る。


「大丈夫……」


 荒い息を吐くアオは、誰がどう見ても大丈夫そうでは無かった。それでもアオは痛みに耐えて歩かなければならない。スイはこんな痛みに耐えながら歩いているのだ。


 こんな痛みを我慢してまであの男と一緒にいることを選んだスイに負けてられない。アオだって、この痛みを我慢してでも翠を助けたいのだ。


 意地でもこれ以上止まってやるものかと、歯を食いしばって階段を上る。使用人はどうすればいいのか分からず、とりあえずアオがバランスを崩しても大丈夫なように準備をしながら歩く。


 そうしてアオが連れてこられたのは城の隅の一室。スイは王子に見つけられたため、そのまま城の中へと連れてこられたが、アオを見つけたのは王子ではないのだ。


「少し前にも、あの場所であなたのような方がいました」

「スイ」

「え?」

「その子の名前」


 スイは喋ることができない。ということは当然、この城の者はスイの名前を知らない。


 使用人が怪訝な顔をする。今初めてあった裸の娘がなにか言っても、それを鵜呑みにすることはできない。


「お知り合い……ですか? 彼女の」


 知り合いというか妹だ。


 それを言ってもいいものなのか。言えば余計混乱させてしまうだろうか。


 裸で海の中まで続く階段に現れた娘――というのが続いたのだ。それに姉妹という情報を足せば、予想できない混乱が起きてしまうかもしれない。


 失敗は許されない、慎重に事を進めなければならない状況だ。アオは自分の失言を自覚する。


「うん」


 これ以上はなにも言わない。


「そうなんですか」


 一応これで納得してくれたのか、使用人はこれ以上なにも言わなかった。そして、失礼します、とだけ言って部屋を出ていった。


 見つけたばかりの、言うなれば不審者であるアオを一人にするとは。アオなら絶対にしない。まさかアオの言っていることを信じてくれたのだろうか、それとも、ただ単に警戒心が無いということだろうか。


 それと、さっきの使用人のリアクションから察するに、スイはこの城で上手くできているようだ。もし、いじめられたり嫌がらせを受けていたりするのなら、アオは怒り狂っていただろう。


 片目が見えないため少し苦労するが、使用人が席を外している間に部屋を観察する。


 前の世界では見ない――というか、前の世界でいうなればヨーロッパのお城のようだ。実際にヨーロッパのお城に行ったことは無いが、こんな感じの城だと思う。石造りの、叩いても響かない分厚い壁、灯りはランタン。この世界の文明レベルは分からないが、ある程度の設備は揃っているだろう。


 一通り確認し終えると、さっきの使用人が戻ってきた。


「こちらへ」


 そう言って使用人の後から入ってきた人物は――。


 会いたくて、会いたくて仕方がなかった、愛する人、この世界でのアオの妹だ。


 スイはアオの姿を認めると大きく目を開く、そこに困惑や恐怖を滲ませてアオの顔を見ている。


 上等な服を着て、その場で立ち尽くすスイの姿は、この城の王女だと言っても否定する者はいないだろう。むしろ服の方がスイの美しさに見合っていない程である。


「翠……会いたかった……」


 碧はアオであることを忘れ、スイを翠として見ていた。

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