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第35話

 魔法使いの家から出たアオは、姉達の下には戻らず、スイのいる城へ向かおうと決める。

 帰り道はポリプの森は容易く抜けることができた。魔法使いがくれた薬を恐れるかのように道を開けてくれるのだ。しかし問題はあの渦だ。片目の状態で、渦に巻き込まれないように抜けることができるのか。


 行きは姉達がいてくれたからなんとか抜けることができたが今は一人だ。動きが鈍くなる身体を必死に動かして、なんとか抜けきることができた。


 抜けた後、速くなった鼓動を落ち着けるために少し休憩する。


 手に持つ薬とナイフを見る。あの男を殺すためのものだ。


 魔法使い曰く、薬を飲み、人間の脚に替わる時、そして歩くたびに鋭いナイフを踏んで、血が出るような思いをすることになるとのことだ。


「痛いの嫌だな……」


 その痛みに耐えられるかどうか、恐らく耐えられないだろうと自分で思う。だけど、スイのためには我慢するしかない。早く行って速攻で殺して、スイが怒ってくれれば、痛みから解放されるのだ。


 そう上手くいくか分からないが、上手くいくと考えなければ、痛みを我慢することなんてできない。スイはこの痛みに耐えながら、あの男と一生を遂げたいと思っているのだろうか。


「ほんっとうに腹が立つ」


 そう考えてしまうと、あの男に対する殺意が面白い程溜まっていく。


 それと同時に、スイはそんな思いをしてでも、自分以外の者といたいのだという現実を突き付けられて哀しくもなってくる。


 休んでいるとそんなことを考えてしまうため、そろそろ行こうと泳ぎ始める。


 そして、スイがいる城へと続く、海の中まで続く階段へやって来たアオ。もう少しで夜明けだろう、僅かに空が白んできているのが分かる。


 夜の誰もいないうちに薬を飲もう。そう思ったが、人間の脚に替わる時にも凄く痛いと言っていた。この場で飲んで、意識を失ってしまうとどうなるのか。ナイフを持っているし、捕まるかもしれない。捕まってしまうと詰んでしまう。どこか意識を失っても城の者にバレない場所、なおかつ城の中へと侵入できる場所を探さねば。


 それとも、ナイフだけ姉の誰かに預けて、後で貰うというのはどうだろうか。


 少し考えた末、それしかないと決める。ここからは慎重に事を進めなければ、全てが一瞬で無駄になってしまう。早く殺したい気持ちをこらえる。


 今から姉達の下へ帰ると、再びここへ来るときには日は昇っているだろう。人間の脚になるのは、明日の夜にしよう。そう決めて姉達の下へ戻ることにした。


「なんて説明しよう……」



 城へ帰ると、アイ達四人の姉に囲まれた。


 アオの目を見て凄く心配されたが、アオは姉達が代わりに対価を払ってくれたことに対する感謝で押し返した。


 とりあえず作戦を話して、これからなにをするのかを知ってもらう。どんな作戦でも、もう既に対価は払っているのだ、断られることは無い。


 それでも、少し嘘を混ぜた。スイが思いを寄せるあの王子が好きなのはスイではないと。もちろん、スイは自分に振り向いてもらえるよう頑張っているため、可能性が無い訳ではないということも一緒に言った。駄目だった時の保険として、このナイフがあるということ。このナイフで自らの脚を切ると、魚の尻尾に戻るという嘘の使い方を教えた。


 それともう一つは薬の期限のことだ。薬の効果は三日しか持たないため、ナイフを受け取るのは三日目の夜ということ。それまでにスイを説得して、ナイフを渡すという計画だ。


 その説明を聞いて、姉達は納得してくれたようで、ナイフを受け取ってくれた。


 本当は三日かけて王子に近づき、三日目の夜に受け取ったナイフで王子を殺すという流れだ。


 既に朝だが、人魚姫達は誰も寝ていない。アオが返ってきたことに安堵が生まれ、みんな眠たそうにしていた。作戦決行は夜だ、それまで眠っていても問題無いため、各々の部屋に戻り眠ることにした。



 アオが目を覚ますと日は沈みかけていた。やはり疲れていたのだろう、姉達もこの時間になってのろのろと起きだしていた。


 もう少しで夜になる。そうなれば作戦が始まる。アイ達は、アオはまた戻ってくると思っているのだが、アオの作戦が成功すれば、もう二度と会うことは無くなるのだ。


 だからアオはスイの下へ行く前に、姉達を抱きしめて、感謝を伝えた。今生の別れではあるまいしと言われたが、今生の別れになる可能性は十分にあるのだ。


 涙は見せずに、笑顔で分かれる。たとえこの世界がスイの感情が創った世界だとしても、この世界で生まれて育ったという記憶はあるのだ。最後は翠と二人きりだった前の世界と違い、愛してくれる家族と一緒にいたのだ。簡単に別れることはできなかった。それでも、アオが一番愛しているのはスイだ。世界を越えても愛すと誓った手前、この感情は乗り越えなければならない。


 海へ続く階段に辿り着いたスイ、誰もいないこの場所で、涙を流して薬を飲む。


「いっっっったい……‼」


 飲んだ瞬間、アオの脚を襲った凄まじい痛みに、アオから流れる涙は意味を変える。そしてあまりの痛さにアオの意識は遠くなり、死んだようにその場に倒れるのだった。

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