「バカなことは止めておき、わがままを押し通すと不幸になるよ、姫さん。お前さんはその魚の尻尾を取って、その代わりに人間のような二本のつっかえ棒が欲しいんだろ? そしてあの若い王子と結ばれ、お前さんは王子の、死なない魂を手に入れるつもりだ」
そう言って魔法使いは、胸の奥がゾッとする程の高い声で笑う。
なんとかスイが魔法使いの家へ辿り着いて、家に入った途端これだった。自身の願いを言い当てられたことに驚いていると、魔法使いはさらに続けた。
「わたしにゃそうすることができる薬を作ることができる。お前さんは運がいい。明日になって太陽が昇りゃあ、わたしは一年経たないとお前さんの求める薬を作ることができなくなってしまうんだからな」
「ください! その薬を」
「お前さんはその薬を持って、太陽が昇らないうちに陸地へ泳いで行くんだよ、そして岸に上がって薬をお飲み。そうすりゃあお前さんの尻尾は無くなり、人間と同じ脚に変わる。とても痛いがね。ただ、人間と同じになったお前さんを見れば、誰だって言うだろうよ、『とても綺麗だ』と、お前さんの歩き方は上品で軽やか、どんな踊り子だってお前さんには敵わない」
そこまで言って、魔法使いは口の端を吊り上げる。
「まあ、歩くたびに鋭いナイフを踏んで、血が出るような思いをすることになるだろうがな。それでもいいってんだったら、薬を作ってやろう」
「……お願いします‼」
スイは震える声で答える。王子と一緒にいるため、死なない魂を手に入れるためならと思いながら。
「だがこれだけは忘れちゃいけないよ。一度人間の姿になっちまえば、もう二度と人魚の姿に戻ることはできない。二度と戻ってこられないんだ」
人間の姿になってしまうと、大切な姉達、お父さんやおばあさま、友達と一緒にいることができなくなる。それにはここの来る時点で覚悟を決めていたのだ。
「それに、王子がお前さんのことを、誰よりも、なによりも好きになり。心の底からお前さんのことを好きになり、結婚することができなきゃ、死なない魂を手に入れることはできない。もし王子が、ほかの誰かと結婚してしまうと、次の日の朝には、お前さんは海の泡となって消えてしまう」
「それでも、かまいません」
そうは言ったが、スイの顔は青ざめていた。
「あとは対価だね」
「え……?」
「なにを驚いているんだい? そりゃあ当然だろう、わたしはただでお前さんの願いを叶えるなんて言っていない」
旨い話にはなにかがあるのだ。
「わたしの求める対価ってのは、ちょっとやそっとの物じゃあないからねえ」
そう言って笑いながら、魔法使いは舐めるようにスイを見る。
「お前さんは、この海で誰よりも綺麗な声を持っている。わたしはその声を対価で欲しいね。嫌とは言わせないよ、それ相応の対価を貰うのは当たり前のこと。薬がよく効くようにするため、わたしは自分の血を混ぜにゃいかんのだから」
「でも、この声を無くしてしまったら、私はいったいどうすれば」
声が無ければ、王子と話すことができない。意思の疎通ができなければ、王子に好きになってもらうなんてできっこないのではないか。
「声が無くとも、お前さんは綺麗な姿と上品な歩きかた、そして、ものを言う眼があるじゃないか。それだけありゃあ人間を惑わすことなんて容易いはずだ。ほら、どうするんだ」
スイは更に覚悟を決める。
「分かったわ」
魔法使いは満足そうに笑うと、鍋に火をかけ、薬を作り始める。
「まずは綺麗にしなきゃあいけないね」
そう言って、魔法使いはヘビを結び、それで鍋を磨き始めた。それが終わると、自分の胸を引っ掻き、黒い血を鍋の中に垂らした。すると立ち昇った湯気が気味の悪い形を作った。
その様子を見ていたスイは、ゾッと恐ろしくなってきた。
魔法使いはひっきりなしに鍋に新しい物を入れていく。それが煮たつと、ワニの鳴くような音を立てた。
やがて薬ができた。その薬は、作る工程からは信じられない程綺麗な物だった。
「さて、できたよ」
そう言って、瓶に入れた薬を渡すと同時にスイの舌を切り取ってしまった。
痛みは感じなかったが、いきなりのことでスイは薬の入った瓶を落としそうになった。
これでスイは、口を利くことも、唄うこともできなくなってしまった。