日が経つにつれ、王子はスイのことが好きになっていた。しかしその好きは、スイが王子に向ける好きとは違う。大人しい、小さな子供を可愛がるような好きだ。スイが王子に向けるような好きは、他の相手に向けられているのだ。
しかしスイの方は、王子に自分を好きになってもらわなければならない。そうしなければ、死なない魂を手に入れることはできず、海の泡となって消えてしまう。王子と一緒にいることは叶わないのだ。
王子はスイを腕に抱いて、額にキスをする。
その時スイは、自分が誰よりも可愛いとおもいませんか? という気持ちを込めた目を向けた。その気持ちが伝わったのか、王子が言う。
「お前が一番好きだよ。お前は誰よりも優しい心を持っていて、僕に尽くしてくれているのだから」
そう言われたスイは、嬉しく思ったが、続く王子の言葉に顔を伏せる。
「それにお前は、ある若い娘に似ているんだよ。けれどもう、あの娘には会うことは叶わないだろう」
スイはその言葉にまさかと思う。そして、そう話す王子の顔を見ることができなかった。
「僕が誕生日の日、船に乗って海へ出たんだよ。そしてその日に、嵐に会って沈んでしまったんだ。幸運にも僕は生きていて、ある浜辺に流されていた。そこには修道院があってね、若い修道女が何人も務めていたんだ。そして、その中で一番若い娘が、僕を見つけて助けてくれた。僕はその娘の顔を二度しか見られなかったんだけど、この世で一番好きに思うのは、その娘だけなんだ。だけど、お前はその娘にとても似ているんだ。僕の心の中にある、あの娘の姿を押し付けてしまうぐらいに。だから、こう思うんだ。あの娘は一生をあの修道院で過ごす人だから、神様があの娘に似ているお前を寄こして下さったのだと。だから、これからはなにがあっても、ずっと離れずにいよう」
その言葉を聞いても、スイの中には怒りは芽生えない。ただ胸に抱くのは、あの時助けたのは自分だと気づいてくれない、その悲しさだけだった。あの時、浜辺へやって来た修道女を、王子は好きでいる。
スイは深いため息をつく。
けれど、可能性が消えた訳ではない。
王子が好きなのがあの修道女だとしても、その修道女は一生を修道院で過ごすというのだ。だから、これからもずっと王子に会うことはできない。それに対して、スイはこれからも王子とともにいることができる。こうして、毎日そばにいて顔を見せることができる、王子の世話をして、心から王子を慕おう。そうすれば、王子が気持ちを向けてくれるかもしれない。スイはその修道女と似ていると言っていた。それなら、その可能性は十分にある。
五人の人魚姫達は、魔法使いの下へ行こうと、早速あの恐ろしい渦がある場所へやって来た。
「アオ、大丈夫?」
「……うん」
やはりあの時のことが忘れられない。アオが一人で魔法使いの下へ向かおうとしていたら、間違い無くここで引き返していただろう。そう考えてしまう程、あの時渦に巻き込まれたことに対する恐怖心が芽生えていたのだ。
「みんながいるから」
五人は手を繋ぎ、慎重に渦を通り抜ける。誰一人欠けることなく通り抜けることができて一安心だ。
そしてその先にある、熱い泥の上を抜け、あのポリプの森までやって来た。
ここから先はアオも初めてだ。無事に抜けられるかどうか、五人は縦一列に並び、ゆっくり慎重に森の中に入っていく。
アオだけでなく、全員が恐怖心と戦っているのが、震える手を抑えようと、力強く手を繋いでいることから分かる。
ポリプはその触手一つ一つ動かして、人魚姫達を捕まえようと動く。
「――っ⁉」
森を奥深くまで進んだ頃、姉妹の誰かが声にならない声を上げる。
ポリプが絡まる白骨、船の残骸などがある中、なによりも恐ろしいものがあった。小さな人魚が一人、絞殺されていたのだ。
それに気づいた五人はパニックになりかけるが、ここで暴れてしまうと、あの小さな人魚と同じ末路を辿るということ理解していたため、全員が互いに落ち着かせながら、慎重に素早くその場を抜ける。
やがて五人は、どろどろした広い場所へやってきた。その広場はかなり広いが、そんなことよりもっと驚くというべきか、気味が悪いものがあった。
脂ぎった、大きなウミヘビがとぐろを巻いて、薄黄色の腹を見せていたのだ。そしてそんな広場の真ん中には、船が沈んだ時に死んだのだろう人間の骨でできた一軒の家があった。
あれが魔法使いの家なのだろう。入るのを躊躇いそうになるが、ここまでやって来たのだ。それに、あのウミヘビがいつ鎌首をもたげるか分からない。五人は顔を見合わせて、魔女の家へと向かう。
中に入ると、やはりそこに魔法使いはいた。
魔法使いは、人間が飼っている鳥に餌をあげるような具合に、自分の口からヒキガエルに餌をあげているところだった。すると、あの外にいた大きなウミヘビが入ってき、魔法使いのだぶだぶした大きな胸の上を這いずり回っていた。
「お前さんらが来た理由は知っている。教えてやろう」
アオ達がなにかを言う前に、魔法使いは語りだす。それは四人が知りたかったことだった。