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第30話

 そしてスイが目を覚ましたのは、太陽の光が海を照らし始めた頃。


 気が付いたスイは、未だに激しい痛みを感じていたが、それと同時に違和感も感じていた。それを確認しようと目を動かすと、スイの目の前に誰かが立っているのに気付いた。


「……⁉」


 スイの目の前にいたのは、あの王子だったのだ。王子はじっとスイを見ており、恥ずかしくなったスイは、さっと目を逸らす。


「……⁉」


 そしてまたもや驚いたスイ。違和感の正体はこれだった。魚の尻尾は消え、その代わりに、白くて細い、綺麗な脚になっていたのだ。


「……⁉」


 そして三度驚く。


 今のスイは、なにも身に纏っておらず、裸だったのだ。慌てて真珠のように白く長い髪で身を隠したスイ。


 そんなスイに、王子は声をかける。


「あなたは誰ですか? どうしてここへ来たのですか?」


 スイはその宝石のような碧い瞳を王子に向ける。いかにも優しそうに、しかしその中に悲しみを込めて王子を見つめる。


 魔法使いに薬を作って貰う代償に、自らの舌を差し出したスイは、喋ることができないのだ。


 王子は、スイの目を見て納得したのか、スイの手を取り城の中へと連れていく。


 王子に触れられただけで、スイの胸はいっぱいになる。だから、歩くたびに、鋭く尖った針や、ナイフの上を歩いているような痛みを伴ったが我慢できる。


 むしろ痛みなど感じさせないような軽やかな足取りで階段を上っていく。その軽やかさに、そんなスイの美しさに王子や使用人達も驚いていた。


 そしてスイは、絹やモスリンの立派な服を貰った。


 城の中では、スイが誰よりも綺麗だった。しかし、綺麗なだけだったのだ。舌を無くしたため、口は聞けないし歌うことができない。


 絹と金で着飾った、美しい奴隷達が出てきて、王子と王子の両親である王様とお妃様の前で歌を唄ったのだ。そしてその中の一人が、他の奴隷よりも上手く唄うと、王子は手を叩いてその女へ微笑みかけたのだ。


 誰よりも美しい歌声で唄えるスイにとってそれはとても悲しいことだった。唄うことができたなら、自分の方がもっと上手く唄えるのにと。


 だからせめてと、心の中で、あなたの隣にいたいがために、私は声を捨てたのだ、それだけは解って欲しい、と言う。


 やがて唄い終えた奴隷達は、今度は素敵な音楽に合わせて踊り始める。


 それを見たスイはこれならばと、美しく軽やかに踊る奴隷達のように踊り始めた。スイの踊りは、その中の誰よりも綺麗で美しく、その場にいる人々の心を打つ。


 その場の全員がスイの踊りにうっとりと見惚れていた。中でも、王子が一番喜んでいた。


「可愛い捨て子さん」


 そう王子に呼ばれたスイは、嬉しくて更に踊り続ける。誰も踊ったことが無い見事な踊りを踊ってみせる。足が床に触れる度に痛い思いをしたが、それでも我慢して踊り続けた。


 そしてようやく踊り終えた後、王子はスイに、これからは自分のそばにいるようにと言い、自身の部屋の前にある、ビロードの布団で寝させてもらうことになったのだ。



「姉さん、アオとスイ見なかった?」


 日が昇ったころ、城ではアオとスイがいないと少し騒ぎになっていた。


「多分、いつもの場所にいるんじゃない」

「うーん、そうだといいんだけど」


 妹の一人が、納得いっていないという様子で腕を組む。


 ここ毎日、スイがあの王子の住む城へ行っているのは姉妹みんなが知っていることだ。それなのに、そういった表情をするのには、何か理由があるのだろうか。


「見に行ったの?」

「ええ、でも……いなかったの」

「もう一度見に行きましょう」


 アイは残った妹達に声をかけて、王子が住む城付近まで向かう。しかし、いつもはいるはずのスイの姿は無かった。


 これはおかしい。それにアオもいないのだ。


「手分けして探しましょう」


 人魚姫達はそう言って、二人を探し始める。


 四方に散らばり、アオとスイを探す。それを日が沈みかけるまで続けても見つからなかった。


 城に戻ったが、やはり二人は帰って来ていない。これはいよいよ騒ぎになる。城中のみんなが、人魚姫達の友達も、みんなでアオとスイを探すのを手伝ってくれる。


 それでも見つからない。そして誰かが言った。まだ探していない場所があるのでは――魔法使いの下へ行ったのではないか――と。


 姉妹は顔を見合わせる、四人とも青い顔をしていた。考えたのは最悪のことだ。魔法使いの下へ向かう道中のあの大渦。帰ってきていないということは、あの大渦に巻き込まれた可能性が高いということだ。


「アオ……、スイ……」


 この渦に巻き込まれ、生きているなんて到底思えない。


 人魚姫達は揃って涙を流す。大切な妹二人を失ったのだ、人目も憚らず鳴き声を上げる人魚姫達、その声を聞きつけてやって来た他の人魚が言った。


「もしかして二人は生きているかもしれない。一度、あの底へ行ってみよう」


 その言葉に、今まで泣いていた人魚姫達は泣き止む。死んでいたら泡になっている、だがもし、生きているのなら助けに行きたい。渦の底まで行けるのなら、僅かな望みをかけて底まで行こう。


 その選択肢があるのなら、四人は迷うことなく頷く。


 するとすぐにでも行こうとその人魚は言う。渦の下は太陽の光さえ届かない暗闇、昼も夜も変わらない。


 それにもう夜だが、人魚姫達は二人のことが心配で眠気すら湧かない。


 人魚についていく四人の人魚姫、五人は暗闇でもはぐれないように手を繋ぐ。


「でも、暗くて見つけられないわよ」


 五人は互いの姿が見えなくても、手を繋いでいるからはぐれることは無い。しかし、アオとスイのことは見えないのだ。声をかけながらだとしても、アオとスイは声も出せない程、衰弱しているかもしれない。


 そんなアイの懸念は当然のことだ。


「大丈夫だよ」


 そう言って人魚は持っていた袋を掲げる。その中身を取り出すと、淡く光る貝殻が出てきた。


 淡い光であっても、暗闇を照らすには十分な明るさだ。


「これなら見える」


 光る貝で照らしながら、五人は暗い海の底まで潜っていく。

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