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第29話

 目を覚ましたアオは、なにも無い暗闇を見つめる。


 少し夢を見ていたはずだが、なにも覚えていない。それよりも、死んだと思っていたのだが、幸運にもただ意識を失っていただけだったようだ。


 意識がハッキリしたため、今の自分の状況を頭と身体が理解する。


 なにも乗っていないはずなのに、重たい体。っその体の内から感じる痛み。ヒレは動くが、痛くて動かす気になれない。暗くて、自分の身体を見られないから、どうなっているのか分からないが、体の欠損は無いし、骨も無事なようだ。


 あの渦に飲み込まれて、海の深い場所へ引きずり込まれた。


 今アオがすることは、城へと帰ること。スイに早く追いつかなければならない。スイの『怒』を解放する期限があるはずだ。


 それまでに目的を達成できなければ、こうして生きていても意味が無い。


 そう考えると、動かしたくない身体に鞭を打ってでも動かさなけらばならない。


 しかし、このまま上に向かっても、あの渦のせいで戻ることができない。他にも上への行き方はあるのだろうが、辺りは明かりすら無い。


 万事休すだ。闇雲に泳いでいけばいいということでもないし、そこまで動ける体力は、今のアオには無い。


 暗く冷たい海の底、アオは死んでしまうのだ。


 そこでふと、アオは仙人が言っていたことを思い出す。


『壁があったのに壁が見えなくなる。壁が見えなくなっているということは壁が無くなるということなんじゃよ』


 その通りだ。そう思ったのだが、すぐにその先の言葉を思い出す。


『そういった術をかけておるんじゃ』


 そんな術を使うことができないアオは項垂れる。


 動かなければならないというのは分かっているのだ。それと同時に、むやみに動けないということも分かっている。


「どうすれば」


 そう言いながらもアオは少しずつ上を目指す。その場で上へ向かえば、あの渦があるだろうが、光さえ差してくれれば避けられるかもしれないからだ。


 痛む身体に顔を歪ませながら、闇の中を上っていく。時間の経過は分からないが、そろそろ疲れてきた。かなり上がったのではないか? 単に傷ついた身体だから疲労が蓄積されるのが早いだけなのかもしれないが。


 奇妙な程、辺りに生き物の気配が無い。それもそうか、あの渦に飲み込まれてしまうと生きているはずが無いのだ。それでも、生きていたアオは幸運だった。


 ただ、それだと困るのだ。生き物の気配があれば、他の場所から日の当たる場所まで行けるということだからだ。


 徐々に上がるのが辛くなってきた。これは疲労のせいではないということが分かる。あの渦の流れが近づいているのだ。


「どんだけデカいの」


 渦の近くまで来たのだが、まだ光は見えない。アオの想像よりも遥かに大きい渦だったようだ。


 ここからは上を目指さず、横に移動することにする。とりあえずは、この渦から離れるのを目的に進みだすのだった。



 スイが大切に抱えていたのは、魔法使いから貰った薬だった。星のように輝いているそれを落とさないように来た道を戻っている。


 アオに見つかってしまった。すぐに逃げることができてよかった。アオに問い詰められたら、なにも答えられなかったからだ。


 後ろを振り向かず、一心不乱に泳ぐ。日が昇る前に、王子のいるあの場所へ向かわなければならない。本当は、最後に一目城を見てからにしようと思っていたのだが、アオに見つかったのだからそんな時間は無い。


 悲しみで胸が張り裂けそうになりながら、上へ上へと向かう。


 そしてまだ月が綺麗に輝いている頃、スイは王子の城の、あの海まで続く大理石の階段までやって来た。


 その階段に上がり、スイは大切に抱えてきた薬を一気に飲み干す。すると、両刃の剣で、細い自分の体を突き刺されるような痛みが襲い掛かる。あまりの痛みにスイの意識は遠くなり、死んだようにその場に倒れる。

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