澄んだ水の中から見る光はどこか幻想的で、水面が動くたびにクラゲのように揺れている。そんなことを考える間もなく――。
「ガボボボボボボボっ‼」
碧は深い池の底へ沈んでいた。仙術の中には、水に入っても呼吸ができるものもあるのだが、そういう類の仙術が苦手な碧は使えない。使えないのになぜ池に沈んでいるのか。それは、使えるようになったと思っていたからだ。
水の中で呼吸ができる仙術を使えるかどうかは、実際に水の中に顔を浸けてからではないと確かめられない。それなら、顔だけを浸ければいいのだが、なぜか碧は池に飛び込んだのだ。
碧は泳げない訳ではないため、冷静になればすぐに浮かび上がることができたのだが、本気で水の中で呼吸ができると思っていた碧は、池に飛び込むや否や思いっきり水を飲み込んだのだ。そして軽くパニックになり、浮かび上がることもできずに沈んでしまったという訳だ。
そんな碧であったが、突然、水に身体を掴まれた気がして、そのまま水上に投げ飛ばされた。
「ゴボェっ!」
そのまま畔に落下した碧を見下ろすのは――。
「大丈夫?」
宝石のような碧い瞳に、真珠のように白く長い髪を持つ、碧の最も大切で最も愛する人である翠が、やや心配そうな顔で見る。
翠を含め、仙人や仙女は感情の起伏が殆ど無い。感情の起伏が殆ど無い翠だが、殆ど無いだけであって碧のことは大切に思ってくれているし、愛してくれている。碧だけが例外で感情豊かなのだ。
「ありがと……げほっ、助かったよ……ごほっ、げほっ」
「よかったわ」
「なんで使えるようにならないのかなあ?」
「碧は感情の起伏が激しから、仕方ないわ」
殆どの仙術は繊細なコントロールが必要なため、碧のような感情豊かで、起伏が激しい者には使えない。唯一、禁術と呼ばれる類の仙術は、碧のように感情豊かな仙人や仙女のみが使えるのだが、禁術の名の通り、使うと罰せられてしまう。この時の碧は禁術の存在自体知らないが。
「ううっ、悔しい!」
「そう思っている限り、碧が仙術を使えるようになることは無いわ」
その言い方は、常に共に過ごしている碧だから気づいた。
「……怒ってる?」
恐らく、翠の中にあるその感情は『怒り』にはなっていないのだろう。しかし、その感情はやがて怒りになるものであることは確かだった。まあ、怒りになることは到底無いだろうが。
「どうなのかしら」
肩をすくめる翠。翠がどう思って感じているのか、碧には分からないが、それでもよかった。