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第22話

 その日は王子の誕生日だった。


 十六の誕生祝いに、船を出し、貴族たちを招き盛大に祝う。


 穏やかに揺れる船、日が沈むと打ちあがる花火、色とりどりの光がスポットライトとなり王子を照らす。


 しかし、突如海は唸り声をあげ、全てを飲み込む。


 水が塊になって船を打ち、風が吹き荒れ船を逃がさない。


 自然の暴力に、船に乗る人々は打ちのめされる。それはやはり主役である王子でも変わらない。


 そんな人々を笑うように雷が光る。


 遂に船は壊れ、それを波が飲み込む。人も破片も関係無く振り落とされ飲み込まれる。誰も助かりはしない、海に落ちた王子ももがいて助けを求めるが、当然助けなんて来ない。


 海の底へ沈むのだと、遠のく意識でそう思った。



 死んだと思っていた。王子は波の音、鳥の鳴き声そして、自分を呼ぶ声で目を覚ます。


 視界に入ってきたのは、美しい娘だった。周囲を見渡すと、その娘の他にも娘達がいた。


「大丈夫ですか?」


 娘が王子の身体を抱き起す。流された後だからだろう、まったく力が入らず、頷くことさえままならない。


 それでもなんとか、意識ははっきりしているということは伝えようと目に力を籠めると、それが通じた娘は安心したふうに息を吐き、続いてやってきた他の娘達に合図をする。


 娘達に運ばれたのは、海から少し離れた修道院だった。


 運ばれた修道院ですこし休むと、徐々に身体が動くようになってきた。


 王子が動くようになった身体を動かしていると、最初に見た娘がやって来た。


 改めて見ると、その娘は真珠のように白くて綺麗な髪に、宝石のように綺麗な碧の瞳を持ってた。


 王子がその娘に目を奪われていると、顔を赤くした娘が、湯気が立つスープを王子に渡す。


いきなりの行動に驚いた王子だったが、ありがたくそのスープを頂く。すると、その娘は慌てて王子の前から消えてしまった。


 その後、王子は城に帰るまでの短い期間だが、その娘の姿は見なかった。だけど、王子の瞼にはその二回だけしか見ていない娘の姿がこびりついていたのだ。



 無事に国に戻って来た王子の生活は、始めこそ安静にしていたが、すぐに元気になり、元の生活へと戻っていった。


 王子が元気になると、国中が王子の無事を盛大に祝ってくれた。それはとても楽しい時間であった。しかし、それでもなにかが足りない。心になにか穴が開いているような感覚に陥る。


 時間が経っても、あの時の娘の姿が消えてくれない。忘れるどころか、日に日にあの娘の存在が大きくなってきている。


 あの流れ着いた先で出会った美しい娘に再び会いたい、王子は海の中まで続く大理石の階段を下りて、水平線の先を見つめながら思う。


 突如船を襲った嵐、不運にも海に投げ出され、もう駄目だと思ったが助かった。あの修道女達の中で一番若い娘が助けてくれた。


 あの娘は一生をあの修道院で生きるのだろう。どれだけ王子が手を伸ばしても、その手が届くことは無い。


 その事実が、王子の気持ちを固く揺るぎないものへと変化させる。この先、どれだけ綺麗だと言われる国の姫が現れても気持ちは靡かない。


 今この場で聞こえる、波が大理石に当たっては弾ける音を聞いていると、あの時の波が砂浜に上がったり下がったりする音がかけがえのないものだと感じてしまう。


 あの時の出来事と、今の出来事の共通点を見つけ、無意識のうちに比較してしまう。


 今階段を上っている時に響く足音さえも、あの娘が砂浜を歩く音と比べてしまう。


 どうしようもなく、王子はあの娘に心を奪われていた。


「あの娘に会いたい……」


 とある日、王子はそうこぼした。


 使用人の女は、カップに紅茶を注ぎながら微笑む。


「それ程までの方だったのですか?」


 使用人を含め、王子の身の回りにいる者たちは、王子が無事帰って来た時から、王子の様子がいつもと少し違うことに気づいていた。


 王子はこの気持ちを隠しているつもりなのだが、長く王子を見ている者たちには隠すことなどできていなかった。


「ええ⁉ どうしてそれを⁉」

「今、ご自分で言ったではありませんか。それに、わたくしだけでなく、王様も他の者たちも気づいていますよ」


 そう指摘され、王子は口を手で押さえたがすぐに手を下した。


 そして項垂れて恥ずかしそうに笑う。


「そうか、分かっていたのか……。そうなんだ。あの時、僕は船から落ちて流された、そして波に流され、辿り着いた先で助けてくれたのがあの娘だった」


 そう語る王子の表情は、美しく咲く花を愛でるような優しい表情をしていた。


「見ず知らずの僕を助けてくれたあの娘、姿は二回しか見ていないが、とても美しかった。おまえ達も一目見れば息を吞むだろう」


 王子がそう言うのなら、余程美しい娘なのだろう。しかし、次の瞬間、王子の表情に陰りが生まれた。


「でも、あの娘に会うことはもう叶わないんだ……」 

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