「どうだった」
翌朝、早速声をかけてきたアイに、アオは黙って首を振る。
「そっか……」
「私が悪いから」
覚悟を決めたからといって、スイに嫌われるということをよしとした訳ではない。
今すぐにでも消えてしまいたいが、強い意志で耐えている状態だ。
いまいち顔色の優れないアオを心配して、今日は部屋で休んでなさいとアイが言う。
恐らく他の姉妹もなにがあったのか知っているのだろうが、アオに話を聞きに来るのはアイだけにしてくれている。姉達の気遣いに感謝する。
「アイは、スイに会ったの?」
「うん、わたしにはいつも通りだったよ」
アイはスイがどんな様子だったのかを聞いているように捉えたらしく、求めていた答えを答えてくれた。
「そうなんだ」
「わたしが話してあげよっか?」
「いや、いい」
端から話をする気なんて無いくせにと、アオは微苦笑を浮かべる。それに、もうそれはいいのだ。
「スイは、城にいるの?」
「今日も海の上に行ってるよ。あの子が一番楽しみにしていたから」
上を向いたアイが答える。アイ達はそう考えるのが自然だろうが、アオにはスイがどこへ行っているのか見当がついていた。
(あの浜辺だ……!)
嫌われたからと、スイを怒らせようとしたって、アオのスイを想う気持ちは変わらない。これも愛する翠を助けるためだからだ。だから、スイがあの男を探しに出かけていると聞いて冷静でいられるはずがない。
今度はあの男を海に引きずり込んで溺れさせてやろう、そうすれば、今度こそスイは怒るはずだ。
「そっか」
そうとなれば今すぐスイを追いかけたい。もしあの男があそこにいて、スイと出会ってしまったら――。
自分の体調なんてどうでもいい。
「私も散歩してこようかな?」
「ダメ、顔色悪いんだから休んでなさい。また海が荒れたら危ないよ」
気持ちは海の上へ行く気なのだが、顔色は悪いらしい。そう焦ることも無いかと無理やり納得させる。
「分かった」
アオが背を向けると、アイはもう大丈夫だと思ったのか、部屋から出ていく。
それを確認したアオは起き上がる。
さっきはそう思ったが焦るに決まっている。自分の愛する人が、違う人のものになろうとしているのに悠長に休んでいられるはずがない。
こうなって始めて、喜の世界での翠の気持ちを理解した。
(確かにこれは嫌だ)
翠の気持ちが理解できたという点では嬉しい。状況的には全く嬉しくないけれど。
しばらく部屋で待って、アイが戻ってこないことが分かると、そっと部屋を出る。
姉妹は全員十五を過ぎたため、自由に海の上へ上がったりできる。誰にも見つからないようにスイを追いかけるのは難しいが、動かない訳にはいかない。
広場に誰もいないことを確認すると、琥珀色の窓を開けて外へ出る。万が一見つからないように、岩陰に隠れ、海藻に隠れながら移動を始める。姉妹達だけでなく、他の人魚達にも見られないよう注意して。
誰にも見られず、海の底を移動してきたアオは、スイがいるであろう浜辺付近にやって来た。
この前と同じ場所とは、かなり距離を空ける。遠目でも、あの綺麗なスイの姿を間違うはずはない。
ゆっくりと浮かび上がって、目だけを海から出して辺りを見渡す。ゆっくり移動していたため、日は傾いていたが、少し離れた場所にスイの姿があった。スイはあの時の岩陰から浜辺の様子を窺っていた。
(もしかして朝からずっといたのかな?)
そうだとしても、まだいるということはあの男には会えなかったのだろう。
アオは安堵の息を漏らす。それと同時にここまでスイにしてもらって、姿を現さない男に腹を立てる。
「やっぱりあの男は殺すべき……」
自分でも驚くほど簡単に殺意を抱いてしまう。この調子なら、喜の世界で立場が逆だったら、碧は菫を殺していたのではないのか。そんなことを考えてしまう。
もう間もなく日が沈んでしまう。スイを見るともう帰ろうとしているのが見えた。
スイが潜って行く時姿を見られる訳にはいかない。もしかしてわざと見られた方がスイは怒るかもしれないが、今は隠れて帰ろう。帰り道とは反対の方向に向かい、スイが帰り始めるまで待つ。
スイが泳いで行き、すぐに後を追って帰ろうかと思ったが、なんとなく、浜辺までやって来てしまった。
日は殆ど沈んでいるから、教会には明かりが灯っている。あの男はまだあそこにいるのだろうか、それとももういないのだろうか? そんなことを考えても、誰か来る訳でもない。
あの男がいるかわからない教会を睨みつけたアオは、慎重に城へと帰るのであった。
「ど こ 行っ て た の ?」
「えっと……少し遠くまで」
誰にもバレずに帰ってこられたと思っていたのだが、どうやらバレていたようだ。
アイの正面で、浮いているが、正座のように座って説教をされている。
恐る恐る顔を見てみると、青筋を浮かべている顔が見えたため、慌てて顔を下げる。
こうして説教をされるのは久しぶりだ。この世界では初めてだが、元の世界であったのだ。
黙って正座した時、アイは少し戸惑った様子だった。どうやらこの世界ではこうして説教をされることは無いようだった。
「今日は休んどけって言ったよね?」
「……はい」
「今も顔色あんまり良くないのに、なにかあってからじゃ遅いんだよ」
「はい」
その言葉はアオに刺さる。なにかあってからでは遅い、全くその通りだ。
しゅんとしたアオを見て、アイはこれ以上言うと可哀そうだと思ったのか、早々に部屋に帰っていいと言った。
今度は素直に部屋へ帰ってきたアオ。
「なにかあってからじゃ遅い……」
やってしまったことはもうどうしようもない。それと同じことだ。アイは自分のことを本当に大切に思ってくれているのだろう。既に取り返しのつかないことをしてしまったアオは、大切な姉妹に自分と同じ目に合ってほしくないと切に願う。
明日も体調が悪そうに見られたら、大人しく休んでおこう、今のアオにはスイ以外にも大切な人がいる。
もちろんスイが比べるまでもなく一番だが、どうせ消えてしまう世界でも、それまで姉妹で過ごしたことに変わりはない。
だが、それはそうと明日もスイの後を追いたい、だから今日は早く休もうと目を閉じるのであった。