「もう、なんであんなことしたの?」
ゆっくりと城に帰りながら、アイが腰に手を当てて聞いてくる。
「別に、なんでもいいでしょ」
「なんでもいい訳ないじゃない。スイを泣かしたのよ」
「うっ……」
やはりスイを泣かしたという事実は重い。
「大切にしていた像を壊すなんて、喧嘩にしてはやりすぎな気もするんだけど?」
さすがに逃がしてくれそうにない。話したところでどうなるとは思えないが、話さなければずっと問い詰められるだろう。
「私は、スイを怒らせたかったの」
「はあ?」
アイは、なに言ってんだ、と顔に出しながら進むのを止める。そして、近くにあった大きな貝の上に座って腕を組む。
「ワザとやったの?」
この世界ではスイ以外関係無いと思っていたが、そうでもないらしい。姉に怒られるとは思いもしなかった。
仙人に言われた通り、少し落ち着いてから来た方がよかったのではないかと軽く後悔する。
「答えなさい!」
「うっ……はい……」
「呆れた……‼ スイはそういうので怒る子じゃないでしょうが!」
目を吊り上げたアイの言葉が刺さる。
「じゃあどうやったらスイは怒るの」
そんなことを言うのなら、アイはスイが怒るようなことを知っているのか。アオの知っている限りでは並大抵のことではスイは怒らないタイプだと思う。
「それは……」
「ほら出てこない」
「泣かした相手に言われたくないんだけど」
ムッとしたアイが睨んでくる。
姉妹の中で唯一、スイだけが違う。スイも他の姉妹みたいに怒ってくれるのなら楽なのだが。
「なによ、スイがなにすれば怒るかって知りたかっただけなの?」
「……そんな感じ――痛っ!」
「だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ‼」
アイの振り下ろした手がアオの頭を直撃する。
ジンジンと痛む頭を抑えて、涙目になったアオが睨む。
「だって――」
「だって?」
「…………なんでもない」
アイの言う通り、なにをしたら怒るのか、それを確かめるだけなら、他にもやりようはあった。ただ、それ以外にアオには理由があった。しかしそれを言うことは憚られる。
「……ごめんなさい」
「だから謝るのはスイに!」
「………………はい」
二人が帰って来た頃には日はすっかり沈誰も外にはいなかった。
暗くなった海底をゆっくりと進みながら、アイとアオの二人は城へ帰ってきた。
「ちゃんとスイに謝りなさいよ」
「分かってるよ」
そう言って別れた後、アオは自分の部屋に向かわずスイの部屋へ向かう。
屋根になっている貝が開き、僅かな月明かりが照らす。
部屋の扉を叩いて、スイを呼ぶ。
「スイ、いる?」
だけど返事は無い。もう眠ってしまっているのか、それとも部屋にいないのか。
「また明日にしようかな」
しばらく待ったが、スイが出てくる気配は無い。諦めて自分お部屋へ戻ろうとしたが、もしかしてと思い、花壇へと向かう。
「あ、いた」
花壇ではスイがいた。暗くて表情はあまり見えないが、なにかを抱えて座っているのが確認できる。
「スイ」
するとスイが顔を跳ね上げる。
アオを見つめるその目に僅かながら怒りが見えるのは気のせいか。
「アオ……」
「ごめん!」
スイの前にやって来るや否や頭を下げるアオ。理由はどうあれ、スイを泣かしてしまったのは事実だ。
しばらく無言の時間が続き、心配になったアオが恐る恐る顔を上げる。
「あ――」
真正面からアオを見据えたスイをはなにも言わず、ただ、涙を流していた。
壊してしまったものはもう戻らない、その事実が重くのしかかる。
これ以上なにも言うことができない。スイを傷つけたのは自分だ。昔のように、二人で笑い合うことなんてもうできないだろう。
なにも言わずにスイはその場を立ち去る。
一人残されたアオ、貝が開くが、月明かりは届かない。
「最っ低だ……私」
大切な人の、大切な物を壊してしまった。
「でも――」
それは仕方がないことだ。後悔してもどうにもならない。それに、アオがこの世界でやることは、スイを本気で怒らせることだ。嫌われたというのなら、更に嫌がらせをすれば怒るかもしれない。
「徹底的に試すしかない」
痛む心と吐き気を見ないふりをしてアオは覚悟を決める。