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俺(和也)は、職員に荷物検査をされているシュミット一家を遠慮がちに見ていた。いや、正確にはミアちゃんのお父さん、リオンさんを。
陽輝が耳にした言葉は、短的に言えばアジア人をばかにする言葉。分からないなりに聞こえる発音を真似してからかう言葉なのだ。リオンさんは多分だけど、俺らアジア人が嫌い。そして、愛娘がそんな陽輝に懐いているのが気に入らない……
(何でそんな風に考えているのかは分からないけど、それで陽輝が嫌な思いするのは嫌だな。とりあえずよく見てようっと)
全員が荷物検査を終えて、建物内に入ると(パークは完全室内だ)まずはたくさんの人に圧倒された。平日なのに、何でこんなに人がいるんだろう。よくよく見てみると、外国人観光客らしき人がちらほら交じっている。さすが日本内で有名なチャンリオ。海外でも『ジャパニーズカワイイ』は人気らしい。
『すごーい! キャラクターがいっぱい!!』
『他の人の迷惑になるから、あんまり大きな声出しちゃだめよ?』
『はあい、ママ』
そう言いつつハンナちゃんも、ワクワクしているのが表情でわかった。結局親子ってことだな。
『カズヤ。あの列は何? 随分並んでるけど』
ハンナちゃんが指をさして俺に問いかける。見ればロープで列が蛇腹に管理されている。ただの野次馬ではなさそうだ。
『なんだろうねえ』
少し近づいてみると、どうやら何かをする順番待ちの列だと言うことがわかった。
「すみません。これ、何の列ですか?」
最後尾の人に聞いてみると、プレートに好きな文字を張り付けられるらしい。
『ドアプレートとか作れるみたい。ほら、あそこにサンプルがある。あれに、好きな文字パーツを付けるんだってさ』
『やりたい! ママ、いいでしょ?』
母親の腕を引き大きく左右に揺するミアちゃん。子供って、なぜかこの動きよくするよな。お猿さんみたいだ。
『いいよ。ほら、揺すらないの!』
『やったー!』
喜んでハンナちゃんの腕を取り走り出すミアちゃん。
『走らない!』
『はあい』
最後尾へと走っていく彼女らを見送ると、ちょうどクルトおじさん、リオンさん、陽輝の三人が追い付いてきた。
『二人は、あの列に並ぶみたい。おじさんはどうする?』
『いや、俺はやらなくていいかな』
『そう。なら、お土産のあるコーナーにでも行く?』
『孫が楽しそうな様子を見ていたいから、外から見ていることにするよ』
『僕も、お義父さんと一緒に二人を見ていようと思います』
『そうですか』
リオンさんの登場に少しドキドキしながら会話をしたけど、特に違和感はなかった。指輪の時の会話も普通にできたし、普段は隠しているのかもしれない。
『じゃあ、俺と陽輝は中から二人を見てようかな。陽輝、良いかな』
「え?」
「ああ、ごめんごめん。ドイツ語のまま話しちゃった。おじさんとリオンさんは外から、俺達は内側からあの二人を見てようって話。大丈夫かな」
「うん。大丈夫、そうしよう」
「陽輝は好きなキャラクターいる? 俺はぶっちゃけよく知らない」
「俺が密かにチャンリオ大好きだったら面白いよね」
「確かにい」
「しいて言えば、あの茶色の丸いやつとかかわいいんじゃない? 何か和也に似てるし」
「ああ、キャラメルティだっけ」
「よく知ってるな」
「有名なやつだから」
そんな会話をしていると、先に並んでいたハンナ親子が列の先頭になった。入場人数を調節しているらしいキャストが、四人が知り合いなことを分かってくれたようで、親子に続き俺達二人もブース内に入れてもらえた。
中には、文字パーツの入った棚がたくさん並んでいた。文字だけではなく、キャラクターや装飾のパーツもあった。
『すごーい。楽しいね!』
『まだ何も始まってないわよ。ほら、ママが、取ってあげるから、好きなパーツを選んでね』
くるくると舞うミアちゃん。二人を見ながら俺達も何か作ろうかな。
「陽輝はなに作る? 俺、陽輝の名前プレートつくろうかなあ」
「いいね。じゃあ俺は、和也のをつくる」
陽輝の答えに気をよくして、早速取り掛かろうとしたのだが、ふとミアちゃんがこちらを見上げていることに気が付いた
『ミアったら、日本語のものがいいみたいなの。カズヤ良かったら見てもらえない?』
返事一つでハンナちゃんのお願いを快諾し、屈んでミアちゃんに目線を合わせてやった。
『ミアちゃん。どんな文字を書きたいの? 自分の名前?』
『私、ハルキに教えてもらいたい!』
『え?』
『ハルキがいい!』
『ミーア! カズヤに謝りなさい。酷い事を言ってるわよ!』
どうやら、陽輝は本当に気に入られているようで。拒否された事が少しだけ寂しい。
『いいよお、ハンナちゃん。陽輝、あとよろしくね』
「え?」
「ああ、ホントごめん。またドイツ語で……何だかややこしいな」
言語のスイッチを入れ替えなければいけないのが意外に難しい。
「日本語でプレートを作りたいんだけど、陽輝に文字を教えて欲しいんだってさ」
「な、何で俺なんだ?」
「気に入られてよかったねえ」
『えっとね、最初はハ』
『ハ、ね。ひらがながいいのかな……』
陽輝にバトンタッチして今に至る。心細いのか俺に意見を求める陽輝。ミアちゃんを目線でさしてやると、おずおずと彼女に向き直った。
『あー、えっと……こういう丸い文字と、角ばった文字があるんだけど、どっちがいいかな?』
『何が違うの?』
無邪気に聞いてくるミアちゃんに、はてどうだろうと考えてしまう。何か丸いひらがなの方が、日本ぽいよなあ。何でそう思うんだろう。
『そうだな……より日本語っぽいのは丸い方かな。そもそも、音読みと訓読みってのがあって……さすがにこの話は難しいか』
ああ、なるほど。そういう話に繋がるのか。さすが陽輝は詳しいなあ。と一人納得する俺だった。ミアちゃんは、日本語っぽいひらがなが気に入ったようで、それが良いと言った。
『ひらがなの、は、はこれ』
陽輝が渡した文字パーツを、ミアちゃんはしっかり台座に当てた。
『次の文字は?』
『る!』
は、る…………何だか聞いたことがある響きな気がしてきた。
『る……る、は……これ。次は?』
すると、急に彼女は、もじもじと恥ずかしがる様子を見せた。
『最後の文字はねー、き!』
『えっと、き、は……これだな。ん?』
陽輝は並べてから、その意味に気がついた様子で、首を傾げていた。
『き、で終わり?』
『うん! これが出来たら、ハルキにあげるよ! 大事にしてね!』
思わず、俺の口から驚きの声が漏れる。同時にこれは相当懐いてるなあ、と感心してしまう。
「陽輝! やるねえ」
「ええ……」
当の陽輝は何だか複雑な様子でいる。どうしたのかと尋ねたら、「何で好かれているのかわからないから」とのこと。
「むず痒いんだね。きっと」
子供に好かれて恥ずかしがる陽輝を見ていると、不思議とほっこりした気持ちになった。
(親戚の子供とおじさんみたいだな)
そんなことをほのぼのと考えていたら、ミアちゃんが俺のジャケットの袖を引いて呼ぶ。そして、こう耳打ちしてきた。
『私、負けないからね』
思わず、その言葉の意図を問おうとしたのだが彼女はハンナちゃんの後ろに走り込み隠れて、赤い顔でこちらを睨んでいた。
「え? え?」
「どうしたんだ」
陽輝とハンナちゃんが不思議そうにしている。
『ミア、何を話したの?』
『なんでもないー!』
『なんでもない事ないでしょう? カズヤ困ってるじゃないの』
『なんでもないのー!』
負けないとはどういうことだろう。何に対してなんだ? 話の流れ的にはプレートの出来とかかな。ミアちゃん日本語わからないはずなんだけどな。
『俺は大丈夫。ミアちゃん、俺もがんばるね!負けないぞお』
多分プレートのことだろうと軽く考えて、そう返した。その後、何となく彼女の機嫌が悪かった気がしたのは気のせいだろうか。