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『カズヤー!』
時計台の前で再会したハンナちゃんは、俺(和也)より身長が大きくなっていた。細いんだけど、たくましい。何というか、やっぱりドイツの女性は、日本人女性より強そうに見えた。
『ハンナちゃん、大きくなったね。この子は、ミアちゃんか。何か、昔のハンナちゃんにそっくり! 年も同じくらいじゃない?』
『ええ。同じ十歳。来年までに進路を決めなきゃね』
『そうなんだ。じゃあ、俺がドイツにいた時のハンナちゃんと同じ状態だね』
陽輝がつまらなそうにしていたので、「この子、十歳なんだってさ」と話しかけた。
「ドイツでは、十歳までが義務的な教育で、その後は専門職学校か就職するか、大学に進学するかを決めなきゃなんだ」
「十歳で義務教育が終わるのか。随分早いな」
「そうだねえ。あっちは努力でどうにかするより、元々の才能を重視する傾向にあるみたい。向いてる仕事に就くってきっと楽しいけど、本人の意思もあるから複雑だよねえ」
「なるほど。どこも大変なんだな」
そんな話をしていると、ハンナさんが俺と陽輝を見てニコニコしていることに気が付いた。
『カズヤ。ハルキと会えたのね? うちにいた時たまに話していたハルキと一緒に居られるようになったのね。良かった!』
『うん。指輪もあるよ!』
陽輝に寄り添い、お揃いの指輪を見せる。プロポーズされたときに海に流されたものは見つからなかったけれど、普段使いできるものを買ったのだ。
『あら、素敵! リオン私達のもみてもらいましょう?』
旦那さんを引っ張ってきて、ハンナちゃんは二人の指輪を見せてくれた。
『見て。ここ、花冠がモチーフになっているの』
『最初、僕にはかわいすぎると思ったんだけど、案外見慣れてしまいました』
リオンさんが少し照れた様子で話してくれた。確かに花冠というと少女趣味に聞こえるかもだけど、言わなければ目立たないし、平和的でしかもおしゃれだと思った。
その事を伝えると、二人共嬉しそうに笑っていた。
『さあ、立ち話もなんだし、そろそろ東京駅に向かおうか。販売カウンターでバスの乗車券を買うよ!』
『でも、男の人同士で結婚なんて変なの!』
幼いミアちゃんの一言に場が凍り付いたのは、東京駅まで移動するバスが走り出して、しばらくしての事だった。
『私、背が高くてかっこいい男の人と結婚したいなあ』
『ミア!』
俺達二人を見てハンナちゃんが、反射的に彼女を抱きよせ口を手で覆う。
『ごめんなさい。この子ったら……今はドイツでも男の人同士で結婚できるし、全然変じゃないのよ!』
『ああ、いいよ。大丈夫』
そうは言いつつ、真っ向から言われたのは今日が初めてだなあ、と内心ドキドキしていた。
『ミアちゃん。俺は、男だから陽輝が好きなわけじゃない。一生ずっと一緒にいたいなと思った人が、偶然男の人だっただけなんだ。君は変だなって思うかもしれないけれど、俺達にはこれが普通なんだよ』
ミアちゃんは、俺の顔を見て『そうなんだ』と呟いた。なるべく分かりやすいように説明したつもりだが、さて伝わっただろうか。
彼女は大人達の異様な雰囲気を感じ取ったのか、それ以降スマホを触り、会話に入って来なくなった。
(嫌われちゃったかな。ちょっと悲しいけど、なかなか理解してもらえないのかも)
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ハンナさんの子供(ミアちゃんだっけ)が何か言った瞬間、俺(陽輝)以外の大人が、さっと青ざめたのが分かった。その後、慌てる母親に和也が笑いかけ、少女に何か話をしていた。
収まった頃に「なんの話だったの?」と和也に聞いてみた。
「ああ。えとね。俺達みたいな同性で付き合ってる人達が珍しかったみたい。大したことは話してないよ」
そんな軽い話の空気ではなかったような気がする。
「本当に?」
「うん。大丈夫」
和也がそう言うならそうなんだろう。とその時は納得したが、何となくその事が気がかりで、バスが走る間ずっと考えていた。和也に肩を叩かれ、はっとすると終点に着いたようで。
「東京駅着いたよ。降りよう?」
「うん。そうだな」
駅構内を抜けて、和也と一家についていくままに電車に乗った。さて随分長く乗っている気がする。
「ところで、どこに向かってるんだ?」
いまさらながらに聞いてみれば、有名キャラクターのパークに行くらしい。
「ミアちゃんもハンナちゃんもチャンリオのキャラが好きなんだってさ」
陽輝はちょっとヒマかもね、と和也が笑う。
ハンナさんが和也にドイツ語で話しかけ、彼がそれに答える。自然と疎外感を感じてしまう。
(俺は和也とハンナさんとしか言葉が通じないし、もしかして本当に来ない方が良かった?)
いやいやいや、と頭を抱えてしまう。と、気がつけば俺の隣にミアちゃんが座っていた。茶の髪の少女はこちらをじっと見てくるが、何か話し始める様子はない。
『どうしたのかな?』と英語で話しかけてみると、ミアちゃんは『別に。なんでもない』と英語で答えを返してきた。
『君は英語が話せるんだね』
『当然でしょ。おじいちゃんは田舎者だから話せないの。私は、学校で習ってるから』
助かった。子供とはいえ、話し相手がいるのといないのでは全く違う。
『チャンリオが好きなんだってね。何のキャラクターが好きなの?』
『キャンティ! 赤いリボンがかわいいの!』
そのキャラクターは海外でも人気らしく、彼女はその魅力を語ってくれた。
『パークではキャンティが色々な衣装を着て、目の前でダンスしてくれるんでしょ? 楽しみ!』
そう言ってにこにこと笑顔を見せる彼女。普段なら面倒だと思うが、今は話し相手もいないし正直助かっていた。と、彼女の父親(リオンさんと言ったか)が、席を移してミアちゃんの隣に座り、彼女に何かドイツ語で声をかける。
『パパが、さっきの席に戻りなさいってさ。ハルキさんに迷惑だからって! そんな事ないよね?』
ぷんぷんと怒って見せるミアちゃんは父親と交渉をしていたが、押し負けたようで俺の隣の席から離れていった。
『パパったら、わがままなんだから。またあとでね。ハルキ』