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案内所に着いた俺(和也)は、一家の乗っていた便の案内状況を聞いていた。空港職員の話では、時間的にやはりフロアに出てきている可能性が高いとの事。大人の迷子を放送してもらうのも何なので、仕方なく戻ることにした。
(でもよく考えたら、陽輝だけ待っててもおじさん達分からないんじゃ……! 迂闊だった)
速足で時計台まで戻ると、陽輝の姿が見当たらない。
「え? どこ行っちゃったんだろう」
陽輝が俺のお願いを聞かずに持ち場を離れるなんて、何かあったのだろうか。連絡SNSに連絡するも、返事がない。
「探す人が増えちゃったなあ。全く」
しばらく待ってみるが、誰も来ない。そんなうちに、トイレに行きたくなってきた。
(仕方ない。少しだけ離れるか。今来ませんように!)
そんなことを、どこかの神さまに祈りながら一番近いお手洗いに向かった。すると、女子トイレの入り口近くで、スマホをいじっている外国人の男性が目に入った。女子トイレの前に、男性が、だ。ここのトイレは、男子用と女子用が離れた場所にあるから、この辺りに用事はないはずだ。
(ええ……何か変な感じ。ちょっと怖いかも)
そう考えて、話しかけようかどうしようか迷っていた時だった。女子トイレから出てきた中年女性と小学生くらいの女の子を見て、彼女たちに男性が近づいていく。
(あっ、これやばい)
「あの!」
思わず俺が声を発するのと、中年女性が男性に『おまたせ』と話かけるのがほぼ同時だった。
「……あれ?」
少し間を置いて男性はただ、知り合いが用を足すのを待っていただけかもしれない、と気が付いた。
「えと……すみません。何でもないです! ソーリー!」
よく見れば、中年女性も小さい女の子も外国人らしい顔立ちをしていた。本当にただの観光客か何かだ。……って、あれ?
「もしかして……ニコーレおばさん?」
俺の呼びかけに一瞬不思議そうな顔をしていた中年女性の表情は、次にぱっと笑顔に変わった。
『あら! もしかして、カズヤ?』
『そうそう俺カズヤ! わあ、懐かしいなあ!』
ニコーレおばさんは、シュミットさんちのお母さんだ。突然の再会に踊り出しそうになるも、すぐに冷静になった。
『他のみんなはいる? 確か、おじさんとハンナちゃんと、その旦那さんと子供さんも来てるんだよね?』
『そうよ。この男の人が、ハンナのパートナー。そしてこの子がその子供。ミアよ』
『あなたが、カズヤさんですか。リオンです。会えてよかった』
若い男性の、リオンさんが自己紹介をしてくれる。
『実は私達、うちの旦那と娘とはぐれてしまってね。あなたの連絡先は娘のハンナが持っているから、困っていたの。ずっと探してたんだけど、そうこうしている間に孫がトイレに行きたくなって……でも、そのおかげで会えてよかったわ』
『そうだったんだね』
と、俺のスマホが震える。確認すると陽輝だ。
「陽輝……クルトおじさんとハンナちゃんといるのか。どうやって合流したんだろう……」
思わず日本語で呟く。まあ、後で聞こうっと。
『皆さん、待ち合わせ場所の時計台の前に行きましょう。俺と一緒に来た人が、おじさん達といるみたいだから』
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案内所に着いた俺(陽輝)は、迷子のドイツ人親子を案内所に置いて、さっさと持ち場に戻ろうと考えていた。
(離れている間に一家が到着していたら悪いし)
『では、俺はこれで。良い旅を』
『ありがとう。あなたの名前は?』
若い女性が、そう聞いてくる。
『ハルキです』
にこやかにそう答え、背を向けると腕を掴まれた。
思わず、素で「え」と間抜けな声が漏れる
『ごめんなさい。もう一度名前を教えて?』
『えっと……ハルキ、ですけど。ハルキ ホシゾラ……』
『ハルキ……ホシゾラ』
女性は、整った眉を、険しく寄せていた。
『あなたって、もしかしてカズヤ ツキシマを知っている? 茶色い髪の、背の小さな男の人なんだけど……』
この発言にはさすがに驚いた。どうして、見ず知らずの外国人が和也の名前を知っているんだ。いや、このタイミングで待ち合わせ場所付近に現れたドイツ人って、もしかしたら。
『私、ハンナ! ハンナ・シュミットです。カズヤに会いに来た』
『ああ、あなた方が……』
『そう! あなたが、ハルキだったのね。全然気がつかなかった』
『まあ、それはヒントが少なすぎるし、仕方がないというか……』
空港職員の女性が、不思議そうに俺とハンナさんを見比べている。俺は職員に、ハンナさんは彼女の父親に事情を話す。何事が起こったのかとそわそわしていたクルトさんの表情が、ぱっと明るくなる。
「はじめまして。よろしくおねがい、します」と俺に合わせて日本語で、あいさつをしてくれた。
『父はあまりドイツ国外に出ないから、英語はうまくないの。さあ、カズヤと合流しましょう。ハルキ、連絡はとれますか? 私のスマホ、充電が切れてしまって……』
『そうですか。ええ、もちろん。えっと……うわ』
自分のスマホを確認すると、和也からの着信が何件か来ていた。彼女と話しながら来たからか、全く着信に気がつかなかった。迂闊。
連絡SNSにメッセージを入れると、すぐに既読がついた。
『和也と連絡が取れました。さっきの時計台の前に行きましょう』