当初、こっちの正月に日本に来たいと言っていた元ホストファミリーのシュミット一家だったが、さすがに正月に来てもどこの店もやっていないと全力で止めた。そして桜のキレイな四月に来日することにした一家を、俺と陽輝はお店を一日臨時休業にして迎えることにした。
「楽しみだね。陽輝」
「うん」
当日。飛行機の到着時刻の一時間前に空港に着いた俺と陽輝は、ロビー近くの小さなカフェに待機して時間を潰していた。
「陽輝何飲む? 俺、コーヒー」
「じゃあ、和也と同じで」
好きなもの飲んで良いのにと、思いつつベルを鳴らして店員を呼び注文する。
「陽輝ってホント俺の事大好きだよね」
「当たり前」
「知ってるけど! でも、十八年かあ。結構色々あったね」
「確かに」
「温泉旅行行った時楽しかった。陽輝俺をお姫様抱っこして走ってさ、あれ面白かったなあ」
「ああ、今思い出すとちょっと、な。若かったんだよ」
陽輝は恥ずかしそうに苦笑いをした。その様子が何だかとってもかわいく思えた。
「ねえ、今度またやってよ。お姫様抱っこ」
「無茶いうなよ。俺四十だぞ」
「ダメ? あれからたまに走ったりジムに行ったりしてるのに」
「最近は腰に気を付けてるからな。いくら和也の頼みでも聞けない」
そうは言いつつ、もう少し押したらやってくれるんだろうな、と考える。そうこうしているうちに注文したコーヒーが運ばれてきた。
「これ飲んだらさ、外のお土産コーナー見てみない? 空港ってたまに変なもの売ってるんだよね。アニメのフィギュアとか」
「まあ、日本の漫画アニメは海外で人気だからな」
陽輝は、コーヒーに砂糖とミルクを垂らしながら、そう言った。
時計を確認すると。到着予定時刻まで、あと三十分くらい。空港に来るのは久しぶりだし、どこか変わった所はないか、見てまわろうかな。
「あ、英語の漫画があるよ。陽輝」
「本当だ。日本の漫画を英訳したんだな」
「これ、買っていい? どんな風に英訳されたか気になる!」
「この漫画の内容は知ってるのか?」
「うーん。何となく?」
「じゃあ、日本語のものも買った方が良いな。比べるために」
そんな会話をしながらお土産コーナーを見ていると、ふと俺達に近い人物がいる事に気が付いた。周りは空いているのに満員電車くらいの近さだ。この棚が気になるのかなと思って動いたけれど、その人物は一定の距離でついてきた。
(え……何? ちょっと怖いかも)
陽輝もその存在に気が付いた様で、警戒した声でその人物に話しかけた。
「あの、何か御用ですか?」
軽く陽輝に隠れる形で振り返って見ると、堀の深い顔立ちで金髪の女の人だった。観光客だろうか。大きなキャリーケースを持っている。
「何か御用ですか?」と陽輝が再び声をかけると、その人物はようやく口を開いた。
「わたし、すき! あなた」
「え」
「日本人、すき、かわいいねーあなた!」
そう言って、彼女は陽輝の方に寄り「黒い髪、目、すき、とてもきれい!」と陽輝の髪をひと撫でした。そしてそれを反射的に避けようとする陽輝を尻目に「ありがとございまーす」と言いながら去っていった。
「な、な……なんだ? あれは……」
女性の後姿を、見送りながら困惑する陽輝。
「和也が目当てかと思ってたから……びっくりした……」
「金髪の外国人ってアジア人の黒髪好きな人たまにいるから、多分そんな感じじゃないかな。それにしても、マイペースだったね」
「うん。パーソナルスペース詰められた……」
久しぶりに海外の人のコミュニケーション力の強さに触れ、懐かしい感覚と共に少し困惑する俺と陽輝だった。
少し早めに待ち合わせの場所付近に着いた俺と陽輝。柱と一体になったような、大きな時計があるポイントだ。。
「一応分かりやすい場所を集合場所に選んだつもりだけれど、おじさん達分かるかな?」
メールで、集合場所に着いたむねを伝えると、しばらく彼らの到着を待った。待ったのだが、一向に来ない。電光掲示板を見るかぎり、飛行機は到着しているらしいけど、メールでの連絡がつかないのだ。
(迷子になっちゃったかな。大丈夫かな……)
「ちょっと一瞬案内所に行って聞いてくるね。陽輝はここで待ってて」
そんなこんなで俺と陽輝は一時、別行動になった。
案内所に状況を聞きに行った和也を時計台の前で待つ俺(陽輝)は、何となく了承してしまったが、顔や連絡先を知っている和也より俺が聞きに行った方が良かったかもな、とぼんやり考えていた。まあ、行ってしまったものは仕方がない。すぐに戻ってくるだろう。
(俺ドイツ語分からないし。今来たらどうしよう。何だか一家の顔もうろ覚えだし……)
そんな事を考えていた矢先だった。背後から片言の日本語で声をかけられた。
「すみませーん。しつもん?」
内心、急な接近に驚きながらも振り返ると、大柄で腹の出た外国人の男性がこちらを見ていた。彼の背後には、男性と同じ髪色の若い女性がいる。親子だろうか。
男性は聞きなじみのない単語を呟きながら、スマホとにらめっこを始めた。多分、翻訳アプリを使いたいんだろう。しかし慣れていないらしく、入力にもたもたしている。
『どうなさいましたか?』と英語で話してみると、ぽかんとしている。英語圏ではないのだろうか。困ったな……と考えていると、男性の背後にいた若い女性が見かねたらしくスマホを男性から奪い、素早くタップし始めた。
『従業員を探しています。別れてしまいました』
翻訳を終えた男性のスマホが、無機質な声でそう読み上げる。大方、ツアーコンダクターとはぐれてしまったのだろうと考え、こちらも、スマホアプリを立ち上げ、『空港職員の所へ案内しましょうか?』と入力した。
(って、何語に翻訳しようか……)
そこで国籍を英語で尋ねてみた。女性の方は英語が通じるようで、『ドイツです』と答えた。英語が通じるなら話が早いと状況を聞き出すと、別れたのはツアコンではなく、一緒に日本に来た家族とで、しかも今は日本人の青年と待ち合わせをしているらしい。
『家族とはぐれたまま、男の子との待ち合わせの時間になってしまって、もうパニックです』
女性は困った様子で、俺を見つめた。
『あー、とにかく……空港のスタッフに相談しましょう。案内します』
内心面倒くさくて、しかし異国からの旅行者に頼られると、日本人としては放っておけないものがあって。
『ありがとうございます』という声を背に、女性と中年男性を案内所に連れていくことにした。さあ、早くこの場所に戻らないと、俺だってシュミット一家との待ち合わせがあるんだから。和也に頼まれたんだから。