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第52話 ビターバレンタイン7

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しまやから出ていった次の日。俺(和也)は、ママと共にショッピングモールにいた。

今は、ママの新しい防寒グッズを買うために雑貨屋を見ているんだけど、かわいいものが多くていい感じだ。

ママが会計をしている間に、何となく棚の商品を見ていると、手袋が目に入った。

(シックで陽輝に似合いそう。二人でお揃いにしたいなあ)

何気なく、そんなことを考えている自分に少し驚く。

「ねえ和也ったら。もしかして陽輝くんのこと考えてる?」

いつの間にか近くに来ていたママに、図星を突かれてしまう。なんだか照れてしまう。

「うん。この手袋、陽輝とお揃いにしたいなって考えてた」

ママが「なるほどねえ」とニヤニヤ笑う。

「あなたの中には、いつも彼がいるのね」

確かにそうだ。再会してから俺の隣には、いつも陽輝がいた。

「何か、陽輝に会いたくなっちゃった。これも買っていこうかな」

「買っていけば? きっと喜ぶわよ」

その後は、俺の洋服を見たり、カフェでドーナツを食べたりして過ごした。ドーナッツは新しい種類が出ていて、陽輝にも教えたいなと思った。




そして夕方。陽輝のいる家に帰る時間になった。従業員の梓さんや、舞さんにも迷惑をかけたし、色々とお土産もあって荷物が多くなってしまった。

ガラガラとキャリーケースを引きながら店の前に着くと、当たり前だが店の電気は消えていてしんとしている。

(二階も電気ついてないな。陽輝出かけてるのかな)

自分で出て行った結果なのに、彼が今いないことを何だか寂しく思ったり、ちょっとむっとしたりと、忙しく感情がめぐった。

とりあえず、荷物を入れて……と思ったら、鍵が鍵穴に入らない。よく見たら、違う鍵穴に変えられている。

「あれ……?」

まさか、締め出されたのか、と不安になった時。

「和也さん」

そう呼ばれた声の方向を向くと、梓さんだった。

「おかえりなさい!」

「ただいまです。あの、鍵が……」

「それは、後で説明します。ついて来てください!」

そのまま、鍵が開いていたドアから中に案内される。俺の家なのに何だか変な感じだ。そしてそのまま、店舗まで連れていかれる。

「何なになに?……うわ!」

店の電気が急につく。スイッチの前にいたのは舞さんだ。

「和也さん! おかえりなさい!」

「舞さん。ただいまです。あの、大丈夫でしたか?」

「え、何がです?」

「え、色々……」

「聞いてください! 大佐が戻ってきたんです!」

舞さんが指を指したテーブルの上には、小さなタヌキのぬいぐるみが置いてある。これが噂のマルボロ大佐かと、一人納得した。

「良かったですね」

「はい!」

そんな俺は、一つ気になっている事があった。

「あの……陽輝はどこに?」

今更だけど、彼が俺を置いてどこかに行っていたらどうしようと、一抹の不安がよぎっていたのだ。

「ああ、陽輝さんは……えっと……」

「え、何その含みのある感じは」

ないと信じていたが、まさか……と心配が形になりかけた時。

「かずやー!」

背後からのそんな声と共に、いきなり抱きつかれた。

「うわ、陽輝? お酒くさっ」

「かずやぁ……おれを捨てないでぇ」

陽輝は、めそめそしながら俺に頬ずりしてきた。したたかに酔っているらしく、全体的にアルコールくさい。梓さんに目線で助けを求めると、彼女も困ったように笑っていた。

「陽輝さん、さっきまでちゃんとしてたんですよ。でも和也さんがちゃんと帰ってくるか緊張しちゃったみたいで……」

「ああ」

緊張した挙句、酒に逃げたという事らしい。なるほどなと納得する俺に、相変わらずくっついている陽輝。

「あはは。ありがとう、ありがとうかずや」

「うん。ありがとうね、陽輝……うわ!」

陽気になった陽輝が、俺をお姫様抱っこして、店内を回り始めた。

「ちょっと! 陽輝やめてー!」

俺を抱えて、たまに抱きしめるようにして陽輝はしきりに「かずやが帰ってきた!」と節をつけて歌っていた。

「危ないから! もー分かったから降ろしてって!」

抱えられた俺を、苦笑いしながら見ている梓さんと、楽しそうに歌に合わせて手を叩いている舞さん。

その後。ひたすら騒いだ後、陽輝は寝てしまった。重くて部屋に連れて行けず、とりあえずボックス席に寝かせた。梓さんと舞さんにお土産を渡すと、二人とも喜んでくれた。

「わあ、この店のチョコ高いのに! 良いんですか?」

「いや、ご迷惑かけたので。俺がいない間、陽輝は大丈夫でしたか?」

「うーん。そうですね、陽輝さんなりに何か感じるものがあったみたいで、舞にも自分から謝りたいって言って、頭下げてました。明日、和也さんの顔見たらきっと元気になりますよ」

「そうかあ」

どうやら、何やかんやでうまくやっていたらしい。俺の心配しすぎだったのかもしれない。一瞬そう思ったが、ボックス席で寝ている彼を思い出した為に、その考えは撤回した。

「うーん。早く、いつもの陽輝に戻って欲しいな……」




翌日陽輝は、二日酔いで仕事を休んだ。俺は厨房で、舞さんと梓さんにはホールの仕事をやってもらい、何とか仕事をまわした。

「ふいー何とか終わった……」

夕方くたくたになった俺達三人を、二階の住居スペースから降りてきた陽輝が申し訳なさそうに見ていた。

「すみません皆さん……重ね重ね……」

「陽輝大丈夫? 少しは気分良くなった?」

「うん。和也もごめん。せっかく帰ってきてくれたのに」

「まあ、今回は俺もちょっと悪かったし」

「ごめん。和也……」

どんよりとした空気をまとう陽輝。ああ、これは良くない。

「大丈夫だよ。その代わり、明日からきちんと働いてもらうからね!」

そう言い、彼の肩を叩く。いつもの陽輝に戻るには、まだもう少しかかりそうだ。それでも、大好きな彼の元に帰って来れた事が嬉しかった(まあ、俺から出て行ったんだけどね)

「陽輝。ずっと一緒にいようねえ」

彼は、少し困ったように、しかし嬉しそうに微笑み言った。

「うん。当たり前」


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