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第51話 ビターバレンタイン6

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しまやに着いた私(梓)と舞は、住居用のドアの鍵を開けて、中に入った。店内の椅子には陽輝さんが座っていたのだが、この短時間で何だか少し老けたように見えた。

(和也さんに出ていかれたのが、よっぽどショックだったんだろうな……)

あまりの憔悴具合に、思わず笑いそうになるが、ここは顔を背けてぐっと堪えた。

「ああ、梓さん、舞さん……」

声元気ないな! もう我慢できない、笑うって! 顔を覆って笑みを隠すもバレてしまったようだ。平時ならむっとした顔をされるのだろうが、そんな元気もないのか、逆に自虐的に薄い笑みを返してきた。

「隠さなくていいです。俺、面白いんで……」

「す、すみません……!」

「いや、本当に気にしないで下さい」

そして彼は立ち上がり、私の後ろに隠れていた舞に頭を下げた。

「俺、和也とケーキの事ばかり考えていて。だいぶ言い過ぎました。すみません」

「いえ、私も……自分の事ばかり考えちゃって。そんなに楽しみに待っててくれたのに」

そこで舞が、「あれ?」と呟いた。

「陽輝さん、ケーキのこと知ってたんですか? 秘密の作戦だったのに」

確かにそうだ。訳を聞いてみると、最初から私達の話を聞いてしまっていたらしい。今日まで全く気が付かなかったが、思えばここ最近上機嫌だった気もする。

「そうだったんですね。ますます申し訳ないです」

「いや、もういいんです。考えてみれば、年下の女の子にケーキがないって怒るって、何というか大人としてどうなんだろうって考えちゃって。和也が出ていくのも分かるし」

そしてまた彼は溜め息を吐いて、落ち込む様子を見せた。

「えっと……」

さすがの舞も、掛ける言葉に困っている様で言い淀んでいる。

「あ、そうだ! 別のお店のなんですけど、ケーキ買ってきたんで……食べませんか?」

恐る恐るといった具合に、舞はケーキの手提げ箱を彼に差し出した。

「うん。ありがとう。頂きます」

そして、いつもならお客さんが座っているボックス席に三人で座り、ケーキの箱を囲む。彼がどれを好きか分からなかったので、全部違う種類を買ったのだ。

「陽輝さんは、どれが好きですか? ちなみに、私はモンブランが好きです」

「舞、そんなこと言ったら、陽輝さんがモンブラン選びにくいでしょ」

「ああ、そうか! 全然! 気にしないで選んでも良いですよ?」

「いや、選びずらいって。全く舞ったら……」

そんなやり取りをしていたら、急に陽輝さんが吹きだすようにして笑い出した。まだ関係が浅いからなのかは分からないが、見ない表情だった。と言うか、彼が笑っているのはあまり、見たことがなかった。

「ははっ……いや、すみません。何だか漫才みたいだなって、思って……」

舞が私に「陽輝さんちょっと元気出たみたい。良かった!」と耳打ちしてきた。実際元気が出たのかは分からないけれど、彼の新たな一面が見られた。

その後は、陽輝さんがチョコケーキ、舞はモンブラン、そして私は余ったイチゴのショートケーキを選んだ。

「じゃあ、いただきまーす」

「舞、陽輝さんと一緒にね」

そうやって、各自選んだものを食べようとした時だった。

『あれ? 閉まってる! 何で??』

ガタガタと店舗用玄関の戸を揺らす音と共に、そんな声がした。

『定休日は明日のはずなのにな』

お客さんだろうか。気まずくて、しばらく皆で静かにしていたがなかなか去る様子がない。臨時休業なことを伝えるため腰を浮かせると、無言で陽輝さんに手で制された。

「え、陽輝さん……?」

彼の方を見ると、表情が固い。まるで扉の向こうの人物に心当たりがあるような……

相変わらず、昭和ガラスの向こうの人影は去る様子がない。いや、もう一人いるようだ。一人は若い女性で、もう一人はあまり声がしないが影からして男性らしい。男女の声が会話をする様子を見せた後、二つの影は隣の住宅用玄関に移った。カチャリと、ドアの鍵が開く音がした。

「え? 鍵……」

私は目を見開き、玄関を指さしながら陽輝さんの方を見る。一瞬、和也さんが戻ってきたのかとも思ったが、どうもそんな感じじゃない。彼は険しい表情を浮かべしかし「多分知り合い」と私達に声をかけた。舞は、怖がって私にしがみ付いていた。

廊下を複数人が歩く音がした後、それは現れた。

「和也さん! 萌香でーす!」



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「あれ? 和也さんいないんですかあ? 陽輝さんと……誰と誰?」

侵入者(飯沼萌香)が、背後に北谷を従えてやってきた。

「飯沼さん……どうやって玄関の鍵を開けたんですか」

「んー分かんない」

飯沼さんが、なぜか持っているうちの玄関の鍵を掲げて見せた。

「これ、くれたんじゃないんですか? 何か、北谷が『お嬢、これを』って渡してきたんですけど」

「渡すわけがない……」

勝手に鍵を作ったのか? 何てことをするんだ。後で鍵を変えなければいけない。

「で、何で開いてないんですかあ? もしかしてお店つぶれたんですか?」

「いや、臨時休業なだけ。そう言う訳だから、帰ってくれないかな。和也も今いないし」

「出て行かれたんですか?」

「なッ……」

直球な追及に、思わず言葉を失う俺。俺の反応でそれが真実だと感づいた飯沼さんは口元を手で覆い、「ウケる」と一言。

「あーあ。最近の推しカップルだったのに! 儚いなあ。もう女の子連れ込んでるし」

「違うこの人たちは従業員! あと、和也は必ず戻ってくるから。ちょっと出てるだけで……」

「本当ですかあ? そう思ってるのは陽輝さんだけじゃ」

「違うし! 違う……と思う」

何だか急に不安になってきて、急いで頭を振って悪い考えを振り払う。

「と、とにかく! 帰ってくれ、お願いだから。今日は特に!」

飯沼さんの背中を押して、半ば無理やり外に出そうと試みる。北谷の目が怖い。彼女に触れている事が不満なのだろう。そんな俺の手をすり抜けて、飯沼さんが警戒している様子の女性陣の所へと行ってしまう。

「こんにちは!あなたのネイルめっちゃ素敵!」

「え、あ……ありがとうございます」

梓さんの後ろに隠れていた舞さんが答える。

「手もキレイだし……でも、ちょっと爪の先が汚れてる。草むしりでもしてたの?」

「いえ、ちょっと探し物を……」

「何を探してたの?」

「えっと、ぬいぐるみ……」

「この人声小さい! 飽きた。行こう北谷!」

自分から話しかけておいて、飽きるとは本当に自分勝手な人だ。この子に比べれば、舞さんの件なんてちっぽけなものだな。

「じゃあ、陽輝さんバイバイ! 和也さん帰ってくるといいですね」

そんな調子で、飯沼萌香は堂々と玄関の方へと消えていく。北谷もそれについていく。と思いきや、大男は梓さんと舞さんの方へとのそのそ向かっていく。

「な、何ですか?」

梓さんが警戒し、男をけん制するように声を発する。北谷は少しの間、女性陣の方を見ていたが、スーツのポケットから何かを取り出し、差し出した。

「え。これって……」

梓さんが、驚いた様子でそれを見て、後ろに隠れていた舞さんにもそれを見るように声をかける。

「えっ……大佐?」

舞さんは恐る恐るといった様子で手を伸ばし、北谷からそれを受け取った。手のひらサイズのそれは、確かにこの前彼女のスマホの画面で見たぬいぐるみに似ていた。

「あの……どこでこれを?」

舞さんがそう尋ねると男は「落ちてた」と答える。

「まいまいさん……困ってたから」

「どうして、私のものだって分かったんですか? どうして私のハンドルネームを?」

北谷は口を開き何か言いかけたようだが、飯沼さんに「北谷! 早く来て!」と呼ばれ、足早に去っていった。


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