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第50話 ビターバレンタイン5

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「舞―、見つかりそう?」

「ダメ、いないー!」

舞と合流してから、私(梓)は彼女と共にさらわれたマルボロ大佐を捜索していた。なのだが、正直厳しいかなと感じていた。

(場所も分からないし、きっともう……)

しかし、キレイな手を汚し、懸命に街路樹の枝を見上げたり、生垣をかき分けたりしている彼女にそんな事は言えず、私も探すふりのような事をして付き合っていた。

「絶対大佐と一緒に帰るんだから!」

「舞……」

と、私の方を振り返った舞は眉尻を下げ俯いた。

「ごめんね、梓ちゃん。本当は分かってるんだ。あのカラスがどっちに行ったかなんて分からないし、もう……」

『見つからない』と小さく呟いて、彼女はすっとしゃがみ顔を隠すように膝を抱いた。

「分かってるけど……諦められないよ。だって、大佐はうちの子だもん」

私は、彼女の横にしゃがみ、背中をポンポンと叩いた。私にできることは、これだけだと思ったから。

「よしよし。私も、舞が大事にしているものが無くなるの悲しい」

「梓ちゃん……」

舞は、地面を見つめながら「うちの子なんだよ」と呟いた。

「大佐のモチーフ、昔梓ちゃんが煙草を吸ってたの見て、閃いたから。だから、私と梓ちゃんの子みたいだと思ってた」

舞はすっと立ち上がり「おうち、帰ろうか」と言った。

「きっと、あのカラスと一緒に大佐はさすらいの旅に出て、元気にやってる。そう思うしかないよね」

「舞……」

本当にいいのか、なんてとってもじゃないけど聞けなかった。いい訳ないから。だって、子供みたいに思っていた存在がいなくなったんだから。今、舞の心は穴が開いて傷だらけのはずだ。

「帰ろうか。私たちの家に……そうだ、何かおいしいの食べていかない? 舞の好きなので良いよ」

「そうだね。ちょっと怖いけど、和也さんと陽輝さんのお店がいいな。私、変な感じで出てきちゃったから、謝りたい」

「ああ、その事なんだけど。今……それこそ二人とも変な感じになっちゃってて……」

「え、どういうこと?」




「えー! 和也さんと陽輝さんがケンカ?」

「私も何が何だかわからないんだけど、そうみたい。何か、和也さんが一方的に陽輝さんに対して怒っていたように見えたな。逆鱗に触れたって感じ?」

舞の方が直前まで二人の近くにいた為に、詳しい話が聞けるかと思ったけれど、彼女にも和也さんが怒った理由は分からないとの事で。

「私は陽輝さんにわーって言われて、もう嫌になって出ていっただけで。後は分からないな」

「うーん……あと、さっき和也さんに連絡したんだけど、和也さんお店を出ていったみたいなんだよね。明日の夕方には戻るって言ってたけど、大丈夫かな……」

彼にかぎって、このまま失踪することはないとは思うが。二人の今後の関係も心配だが、変な話、自分がまた失業してしまう心配もまたあった。

そんな事をちらちら考えていたら、急にスマホが軽快な音を立てて震えた。着信だ。見て見れば、陽輝さんからではないか。

(うわあ。ちょっと気まずいけど……出るか)

「もしもし、陽輝さん?」

『梓さん。急にすみません。今は舞さんと一緒ですか?』

「ああ、はい。一緒です」

『俺、舞さんに酷い言い方をしてしまったので、謝りたくて。もし、まだ落とし物を探してたらそっちに行きたいんですけど、どこにいます?』

「ああ、ええっと……」

チラリと舞の方を見ると、何だか不安そう。先ほど言われた事を思い出しているのだろうか。

(私は遠くにいて聞こえなかったけど、結構詰められたみたいだし。でも、この子も謝りたがってたし……どうしようかな)

スマホのマイク付近を押さえて、どうするかと舞に聞いてみる。少し迷ったようだが、代わりたそうに手を伸ばしてきたので、スマホを渡して通話を代わる。

「陽輝さん。舞です。私達がそっちに行きます。お店にいますか?」

その後、彼女は何度か返答を繰り返し、通話は切れた様だった。

「しまやに行こうか。えっと、梓ちゃんも勝手に行くことにしちゃったけど、大丈夫かな。疲れてたら、先に帰ってていいよ?」

「いや、心配だから、ついていく」

「うん!」




「ちょっとやりすぎたかなあ」

しまやを出た俺(和也)は、そのままの足で実家に帰って来ていた。完全に連絡を断つのは、昔のこともあり怖いので、適当なスタンプを押して陽輝の謝罪メッセージに答えた(頭を下げるキャラクターのスタンプだ)

「でも、腹が立ったんでしょう?」

ママが、俺の言葉にそう返す。

「いいんじゃない?あんた達、いっつも二人一緒なんだから。たまには離れてみるのも悪くないわよ」

「そう?」

旅行土産の温泉饅頭を中心に机に向かい合い、饅頭をパクパク食べる。愚痴と共にお茶もお菓子も進む進む。

「あのね。陽輝って、俺のことめちゃくちゃ好きなんだよ」

「うんうん。知ってる」

「だから、俺しか見えないって言うかさ……惚気じゃないよ笑わないで。つまり、俺を優先するあまり他の人にちょっと冷たいところがあって」

ふんふんと頷きながら、ママは俺の話を聞いてくれた。

「まあ、良いんだけどさあ。それがまた放っておけないと言うか。でっかい犬見たいでかわいいんだけど」

「やっぱり惚気じゃないの」

「もー茶化さないで! つまりね、もう少し他人を尊重してほしいと思って、俺はあえて家出をしたんだ」

「なるほどね」

途中で遮ったり否定したりせず、話を聞いてくれる存在はありがたい。俺は、密かに胸の中にあった考えをママに話す事にした。

「俺ね。もしも……仮に俺が事故とかでいなくなったらって、たまに考えちゃうんだ」

もちろん、そうならない様に気を付けてはいるけれど、人生何があるかわからないから。あと、心配なのは、死そのものではない。

「陽輝って、俺がいなくなったら生きていけるのかな」

「考えすぎじゃない?……と、言いたいところだけど」

少し間を開けて、ママは天井を見上げ、考えるそぶりをした。

「実際、パートナーに先立たれるのって結構しんどいんだよね」

「……パパがいなくなった時、俺は小さかったから何にも覚えてないけど、ママはどうやって乗り越えたの?」

「そうねえ。パパは入院が長かったから、彼が家にいない事には慣れていたの。後は、あなたを一人で育てなければいけないって必死で悲しんではいる暇もなかった。でも……」

「でも?」

「夜中、和也が寝た後。ふと、あの人はもうこの世にいないんだなって考えて。もう頼れる人もいないし、身内は和也だけだしそれが不安だった。ほら、うち親戚付き合いないじゃない」

「そっか……」

「パパがいなくなって悲しいのもあったけどね。私は、周りに誰も頼れる人がいないっていうのが孤独で不安だったな」

ママはそう言って、もう薄い色の紅茶を飲んだ。結局、どう乗り越えたのかはよく分からなかったけれど、貴重な話が聞けたと思った。

「和也。お互い健康に気を付けようね。私も、あなたを大切に思ってるから。親だもん」

そして、その温かな眼差しを見て、何となく(ママはまだパパの死を乗り越えていないのかもしれない)と感じた。いや、乗り越える必要がないというか。

俺はママの言葉に頷いて、明日一緒に出掛けることを提案した。近くの大きな商業施設に買い物に行くだけだけど、ママはそれに楽しそうに乗ってくれた。

「和也と出かけるの、あなたが高校生の時以来じゃない? 楽しみ」


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