和也が出ていった。俺を置いて。これはあの時と……高校生の時と同じだ。今度は何を間違えた? 何をしたらこうなった? 考えろ。考えろ……
そう、思考を巡らせるも答えはわからなかった。
「和也……何で……」
膝から崩れ落ち、年甲斐もなく涙が滲む。和也に嫌われたかもしれない。明後日、本当に戻ってくるかもわからない。何で、何でこんなことに。今日はバレンタインデーなのに。和也と楽しく限定ケーキを食べるはずだったのに……
そんな、今にも発狂しそうな気持ちを切ったのは、スマホから流れる場違いに楽しげな着信音だった。
「か、和也……?!」
慌てて画面をタップして電話を取る。
「和也! ごめん! いや、お前が何に怒ってるかはまだわからないんだけど……とにかく話を聞いてくれ!」
『なんだあ? おまえ……陽輝どうしたってんだよ?』
しわがれた声。この声は……
「へ? 新嶋さん……」
『どうしたんだよ。珍しく大声出して。まさか、おまえ和也とケンカ中か?』
新嶋さんは、元この店の店主だ。ああ、声でにやにやしているのが見なくてもわかる。何なんだ、このおやじは……人の不幸でヘラヘラと。
「あ、あんたには関係ないでしょ! というか何の用事ですか」
「いや、やる事なくてヒマだったからよう。お前らが元気してるかと思って、掛けてみた」
話によると和也は電話に出なかったらしい。まったく『掛けてみた(笑)』じゃないよ。
「申し訳ないんですけど、今立て込んでて、新嶋さんと話してる気分じゃ……」
いや、待てよ。
「……新嶋さん。やっぱり相談してもいいですか」
『おう。どんと来い』
俺は人生の先輩の彼に一縷の希望を見出し、思い切って和也との事を話すことにした。
『なるほど……つまり、ケーキを買いに行ったその女の子を泣かせた訳か』
「泣かせたというか、あっちが勝手に泣いて……俺、間違った事をしましたかね。本当にわからないんです。和也が何であそこまで怒ったのか」
うーん、と新嶋さんは唸る。
『俺が思うに、和也は女の子を泣かせたことじゃなくて、おまえの言葉の使い方に問題があって怒ったんだと思うがね』
どういうことだ? 言葉の使い方?
「つまり、彼女に言ったことの内容、と言う事ですか? 一体何が……」
『例えばお前、和也と、男と男で連れ添ってる事をやいやい言われたら、嫌な気持ちになるだろ? しかも、全く関係ない人間にだ』
「そりゃ、まあ。あんたに関係ないって思うし……ああ」
何となく新嶋さんの言いたいことが掴めてきた気がする。
『それだよ。分かったか?』
「つまり、彼女の世界観を尊重して話せば良かったという事ですか?」
『概ね合ってるが、もっと言えば相手の大切にしているもの……お前で当てはめると和也との関係とかな。それをお前は頭から否定したんだよ。誰だって、大切で譲れないものっていうのがあるもんだ』
感覚的に、無機物のぬいぐるみを家族のように慕うことも、物にそれぞれの人格を付ける感覚も俺には理解できないものだ。しかし、相手にとってそれが必要で大切なものであるならば、尊重すべきだったのかもしれない。
「……それでも俺は、彼女が許せません。和也を落胆させて、ぬいぐるみの捜索を優先させるなんて」
『お前って奴は本当に和也が絡むとポンコツ頭になるんだなあ』
新嶋さんが、呆れた様子でそう言う。
『全ての人間の考え方が完全に理解できたら、それは神様だよ。理解しなくて良いんだ。とにかく、その女の子に悪かったって詫びて、落とし物探しを手伝ってやりなって』
大切なものは人それぞれなんだから、と新嶋さんは締めた。
「わかりました。和也にも謝りたい……和也に会いたいです」
『お前謝る相手が違うだろう! まあ、また何かあったら、俺に相談しな。ばっちし解決してやるからよ』
電話が切れた後。俺はしばらくぼうっとしたのち、スマホを操作して連絡SNSの和也とのトーク画面を見つめた。
(あんなに怒らせてしまった。不甲斐ない。今日の事を考えて、今後の和也との関係に生かさなくては……)
思い切って、和也宛にメッセージを入力する。
『和也が何で怒ったのか、何となく分かりました。
舞さんの考え方を否定して、あまつさえ自分の都合しか考えず感情をぶつけてしまいました。今から彼女に謝ってきます。そして一日頭を冷やすので絶対戻ってきてください。和也がいないと、不安で仕方がないです』
(固すぎるかな。でも謝罪文だし……)
少し考えてから、そのまま送信した。そして、次のメッセージに、『本当にごめんなさい』と追加した。
(とにかく今から舞さんに謝って……明日はどうしよう。和也がいない休日なんて久しぶりだから、何をしていいやら……)