ニ十分くらい経過した後、舞さんが到着した。開口一番に「本当にごめんなさい」と口にして、深々と頭を下げてきた。
「舞さん頭を上げてください」
慌てて彼女にそう言うも、頭を上げない。店主に平謝りする見慣れない女性の姿に、常連客の中年女性が何事かと、その様子を見ていた。
(何か、気まずい……! 俺が女の子に謝らせてるみたいに見える……実際そうだけど!)
慌ててお客さんから見えない奥の部屋に舞さんを誘導する。
「とりあえず、今回の事は本当に気にしなくていいです! また日を改めて違うものを買いに行くんで。何なら、陽輝と一緒に出かけようかな」
今にも泣きだしそうな顔をしている彼女をそう慰めた。
「ありがとうございます……本当にごめんなさい」
「よし、もう謝るのは終わり!……そうだ、舞さん何か食べますか? もしかして昼ごはん食べてないんじゃないですか」
「食べてない、ですけど……大佐を……さらわれたぬいぐるみを探さないとなので、大丈夫です。すごく、心配なので」
彼女はそう言ってぺこりと頭を下げ、ふらふらとした足取りで部屋の出口に向かっていった。出口付近には陽輝が腕を組み何だか怖い顔をして立っていた。嫌な予感がした。
「舞さん。ちょっといいですか」
彼の低い声に、舞さんがびっくりした様子で立ち止まる。
「頼まれた事よりも、自分の落とし物探しを優先するというのはちょっと自分勝手じゃないですか?」
「陽輝……もういいじゃん。確かにケーキが手に入らなかったのは残念だけど、舞さんだって大切なものを落として気が気じゃなかっただけだし……」
「良くない。お前は優しいから許そうとするけど、俺は納得いかない。今だって、和也の好意を踏みつけて自分の落とし物を探しに行こうとしている。本当に自分勝手に見えるよ」
静かだけれど、怒りが滲む陽輝の言葉に、舞さんは何度も「すみません」と震えながら謝っていた。
「すみませんて言うけど、絶対反省してないよね。たかだかケーキと思っているかもしれないけれど、俺だってかなり楽しみにしてたし。しかも、失くしたものってぬいぐるみだろ? 同じものをまた買えばいいだけじゃないか」
「あの……大佐は私の手作りなんです」
「じゃあ、また作ればいいじゃないか」
「ち、違うんです! 大佐は大佐しかいなくて、他の子はまたその子で……」
「訳わからない事言わないでくれる? 正直たかだかぬいぐるみ一個失くしたくらいで泣かれても迷惑なんだけど」
その言葉に舞さんの顔を見れば、顔をぎゅっと歪め、涙をこぼしていた。そして、彼女はそのまま陽輝を押しのけるようにして部屋を飛び出し、店を後にした。
「え。舞?」
常連客と話をしていた梓さんが、舞さんがいた店の出口付近を振り返り見る。不安になったのか、こちらに小走りで来て「何かあったんですか?」聞いてくる。どうやら先ほどのやり取りは聞こえなかったようだ。
「あの子、また何か変なことしましたか?」
陽輝が大きくため息を吐いて「何でもないです」と店に戻ろうとする。俺は、それを追いかけ、引き留めるため手を掴んだ。
「陽輝。舞さんを追いかけて。謝ってきて」
「え。何で……俺は本当の事言っただけだし、仮に謝るなら頼まれた事出来なかった彼女の方じゃ……」
「わかった。じゃあ、今日はもうお店閉めちゃおう」
一人残っていた常連客は、なんとなく不穏な空気を感じ取ったのか自ら会計を頼んできた。
「え、ちょ……和也?」
「梓さん。今日の給料は閉店時間まで働いたことにして勘定しておくので、心配しないでください。あと、明日定休日なので間違えて来ないでくださいね」
俺の様子に、梓さんはもちろん陽輝もぽかんとしていた。いや、おろおろしているのかもしれない。あまり視界に入れないようにしているから分からない。
「後片づけは俺がしておくからさ。梓さん、お疲れ様でした。舞さんのケアよろしくお願いします」
「は、はい……あの……」
「なあに?」
「いえ。お疲れ様でした……」
何も言えなくなったようで、彼女は手早く荷物をまとめて店を去っていった。残ったのは、俺と、陽輝。彼は、どうしたのか、なぜ俺がこんな行動をしているのかと聞いてきた。それを無視して、看板をクローズにして扉の鍵を閉め、洗い物やなんやら後片付けを開始した。
「和也。ごめん。俺……何か怒らせる事したかな」
「んーん。何でもないよ。何でもない。あ、そうだ。俺今から一日出かけるからさ。陽輝もどっか行っていいよ」
「ど、どこ行くんだ?」
「どこだろうねえ。決めてない」
きちんと視界に入れなくても、彼が狼狽しているのが分かった。後片付けが終わった俺は努めてニコニコして、彼に向き合った。
「ごめん。和也……」
「何がごめんなの? 何で謝ってるの? 何に謝ってるの?」
答えられない様子の陽輝。俺だけの問題ならここで折れても良いけれど、今回は少し違う。少しだけ、陽輝に腹が立った。お互いに頭を冷やす必要がある。
「陽輝。明後日までまたね」
そう言って住居用の玄関から出ていく俺を、陽輝は呆然といった表情で見送っていた。