目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第47話 ビターバレンタイン2

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

バレンタインデー当日。俺(和也)は厨房業務をこなしがら、ケーキの到着を待っていた。

(何かドキドキ。気になっちゃうな)

そんな俺の様子を察したのか、梓さんが「いよいよ今日ですね」と声をかけてくる。

「喜んでもらえるといいですね」

「うん。楽しみにしてる」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(あー久しぶりに日光を浴びた気がする。風冷たいけど気持ちいいなー)

私(舞)は隣町のケーキ屋を目指して歩いていた。透明ポーチの中のマルボロ大佐も喜んでいる気がする。大佐は手のひらサイズのタヌキのぬいぐるみで私のオリジナルキャラクターだ。こんなに小さいけれど、ぬいぐるみ作家の界隈ではそこそこ有名。自慢の子だ。

(そうだ! せっかく遠出するから、SNSに載せる写真も撮っておこうっと)

そう思い立ち、透明ポーチから大佐を取り出して近くの雪の積もった花壇に置く。そしてスマホで数枚撮影する。

「えっと、『さすらいの旅』……と。わー大佐の足跡かわいい。これも撮っておこう」

実はこの前の旅行の時も、こんな感じでちょこちょこ写真を撮っていた。もちろん陽輝さんや和也さんに断ってから、周りの人の邪魔にならないように注意して。全く、結構気を遣うんだこの趣味は。

「あ、梅の花が咲いてるー! よーし、私の手を写さない様に気を付けて……と」

そうやって、大佐をかかげるようにして、梅の花に近づけた時だった。急に手元に衝撃が走り、私は何が起こったのか分からないまま、反射的にのけ反り手を引っ込めた。

「ひゃああ!! なに!」

何が起きたのか事態を把握したのは、バサバサっという翼の音と共に黒い鳥が遠ざかっていくのが見えた頃だった。

「なにあれ……カラス? も―びっくりした!……あれ、大佐は?」

気が付けば、手に持っていたはずのタヌキのぬいぐるみが無くなっている。慌てて、辺りをきょろきょろと見まわすも、いない。

「なんで? なんで……まさか、さっきのカラスにさらわれたの?」

それに思い至りながらも、どうすることもできずにただ立ち尽くすしか出来なかった。

「どうしよう……大佐を探さなきゃ。でも、ケーキも買わないと……梓ちゃんと和也さんが待ってるのに……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時間は昼の十二時半を過ぎて、定食屋のしまやは一番の稼ぎ時に入った。バレンタインと言う事で、丼もの単品に、山菜を使った一品を無料サービスにしたのだけれど、それがまた好評で、よく出ていっていた。

そして、二時くらいになりようやく客足が落ち着いてきた頃、俺(和也)はふと舞さんが来ていない事に気が付いた。

「梓さん。舞さんてまだ来てないですよね?」

そう聞くと、彼女も困っているようだった。

「来てないです。私もずっと気になってて。大丈夫かな。ちゃんと買えたのかな……」

とりあえず、梓さんに舞さんへの連絡を促すと、すぐに彼女は電話をかけてくれた。軽快なコール音が数回した後に、舞さんの声が小さく盛れ聞こえた。

「もしもし、舞大丈夫? 何かあったの……え、大佐? 大佐がどうしたの?」

(タイサって大佐の事だろうか。一体、舞さんの身に何が起こっているんだ。まさか、何か軍的なものに拘束されている??)

俺の頭に、屈強な軍人に捕まって泣いている舞さんの姿が浮かぶ。それが本当なら大変じゃないか。

「えと、梓さんスピーカーにしてもらえますか!」

言われた彼女が画面をタップすると、焦った様子の舞さんの声がした。

「梓ちゃん、大佐がいないの! どうしよう……私何にも達成できてない」

「舞さん、落ち着いて。何があったんですか! そこに誰かいるんですか!」

『ああ……和也さん! ごめんなさい! 私、マルボロ大佐を探しながら急いで行ったんですけどもう遅くて……!』

何が何だかさっぱりわからない話を、梓さんに翻訳してもらう。つまり、大事なぬいぐるみをカラスに攫われてしまい、探しながらも店に行ったけれどとっくに売り切れていた、と言う事らしい。

騒ぎを察したのか、陽輝が厨房をのぞき込む。

「和也どうした。何かあったのか?」

「陽輝…………」

残念だが、サプライズは失敗のようだ。

(すごく残念だけど、舞さんを責めてはいけないよな……彼女は彼女で一生懸命だったみたいだし……)

そう思い、俺は舞さんにこちらに来るように伝えた。

「ケーキのことはもういいから、全然責任感じないで大丈夫です!」

『ごめんなさい。とにかく向かいます……』

通話が終わると、不思議そうな顔をしている陽輝に簡単に顛末を話すことにした。

「陽輝にサプライズしようと思って、舞さんにケーキを頼んでいたんだけど、良いのが売り切れてたみたいで。でも、とりあえずこっちに来てもらうことになってるよ」

そう話すと、彼は、眉を寄せ複雑な顔をしていた。

(陽輝、何か怒ってる? 限定ケーキのことは知らないはずなんだけど……)


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?