旅行から二カ月ほど経ったある日のこと。開店前に郵便ポストを確認すると、一枚のチラシが入っていた。見れば隣町のケーキ屋のものだった。
『フランボワーズオペラ 二月十三日~十四日 各日二十五個限定販売! バレンタインデーに素敵な思い出を』
長方形のチョコケーキに、ドライラズベリーが散りばめられたケーキが載っている。甘いものと言えば陽輝だ。彼はあんな顔をして甘味に目がないのだ。
(限定ケーキかあ。買ってきたら喜ぶだろうな)
どうやら事前予約は出来ないらしく、当日店舗に直接行くしかないようだ。
(買うならこっそりがいいけど、今年は二日とも仕事だし、ちょっとキツイかな……)
「和也。どうかしたのか?」
玄関で立ち止まっていた俺を見つけた陽輝が近づいてくる。反射的に後ろ手にチラシを隠してしまった。
「いや、何でもないよ。何でもない」
若干後ろ髪引かれながらも、とりあえずチラシをポケットにしまって開店準備に戻ることにした。
(よし後で考えよう。今は仕事に集中集中!)
開店時間を過ぎれば、余計なことを考えている暇もなく、あっという間に閉店時間となった。
「和也さん、お疲れ様です」
厨房の後片付けを終えた梓さんが声をかけてくる。
「はい、お疲れ様です。んん? ああ……これすっかり忘れてた」
エプロンを脱ぐ際にポケットの中身に気が付く。「どうかしたんですか」と梓さんが俺の持っている紙をのぞき込んできたので、朝考えていた事を彼女に話した。
「……という訳で、陽輝にサプライズしたかったんだけど、買いに行けそうにないから別のものにしようかと思ってて。でもこれかわいいし美味しそうなんだよなあ」
「なるほど……」
梓さんは、少し考える様子を見せると「ちょっと待っててください」と、かばんからスマホを取り出した。数回画面をタップして、そのまま左耳に当てたので、どうもどこかに電話をかけ始めたようだ。
「もしもし? 舞、急にごめん。今時間大丈夫?」
どうして舞さんに電話を? と不思議に思いながら、会話の内容を聞いてみると、どうやら当日並んでくれるように頼んでいるらしい。
(話が大きくなってきたな。ちょっと申し訳ないかも)
「和也さん。舞バレンタイン当日なら空いてるらしいですけど、どうしますか?」
どうするも何も、そこまで話したら頼むしかないじゃないか。梓さんが通話をスピーカーにすると、舞さんの声が聞こえてきた。
『和也さん。お久しぶりですー! この前は本当にありがとうございました』
「お久しぶりです、舞さん。えと……本当にお願いしていいんですか?何だか申し訳ないというか……」
『いいんですよー、私結構ヒマなので。それに家にずっといてもアイディア浮かばないし。お散歩気分で行ってきます!』
「そう……なら、お願いしようかな。お金は後で払うので! 助かります! ありがとう」
そうして、陽輝へのバレンタインサプライズ計画は、女性陣を巻き込み始動したのであった。
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(どうしよう。何か大変な話を聞いてしまった……)
閉店後。奥の従業員エプロンを掛けておくスペースに行こうとした俺(陽輝)は、和也と梓さんが話をしている所を見てしまった。
和也が俺にサプライズをしようとしている? ありがたすぎる。ありがたすぎるが、その話を聞いてしまってはサプライズの意味がないじゃないか。
俺は頭を抱えて記憶を消そうと試みるが、まあ無理な話で。
(とりあえず、気づいていないふりをして過ごすしかない。絶対にバレてはいけない。和也が悲しむ)
そう決め、全力で役に徹することに決めた。
そして、Xデー当日。俺は不覚にも和也を……