朝食を終えた俺達四人は少し早めに旅館をチェックアウトして家に帰ることにした。他のお客さん達より早く出たからか、中居さん達が玄関で手を振って、見送ってくれた。
陽輝の運転で牧歌的な田んぼ道を進んでいく。
「楽しかったねえ」
「うん。楽しかった」
「私達も楽しかったです。ありがとうございました」
梓さんが後部座席からお礼を言ってくれる。
「ほら、舞! あんたもお礼言お?…………大丈夫? 顔色悪いよ」
「え、どうしたの?」
舞さんの方を振り返ると、確かに何だか元気が無いように見えた。
「あ、ごめんなさい。少しだけ気分が優れなくて……でも大丈夫ですよー」
「いや、高速道路上がるとしばらく休めないからな。今のうちにコンビニ入っとくか」
陽輝の判断で、近くのコンビニに入って少し休憩することになった。心配だな。朝ご飯足りなかったのかな。
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「舞さん。麦茶買ってきたんですけど、飲みますか?」
梓ちゃんに膝枕してもらい、後部座席で横になった私(舞)は体を起こし、和也さんから麦茶を受け取った。
「ごめんなさい。心配かけてしまって。ありがとうございます……」
具合が悪くなった理由は、今日の夢見が悪かった事が関係している。梓ちゃんとの関係や、今後の事なんかを考えていたら、何だか気持ち悪くなってきてしまったのだ。
「少し休んだら元気が出てきました。もう大丈夫ですー」
本当は気持ちが落ち込んであんまり大丈夫じゃない。でも、これ以上私のせいで楽しい旅行を止めたくなかった。
「まだ顔色悪いよ? 俺達も休みたいからもう少しここでゆっくりしない?」
「そう、ですか?」
「舞。そうさせてもらおうよ。あと、私トイレ行きたいから、少し待っててね」
梓ちゃんが、反対側のドアを開けて車から出ていく。車内には私と助手席の和也さんと運転席の陽輝さんだけになった。
「朝ご飯、やっぱりパン二個じゃあ足りなかったかもと思って、おにぎり買ったんだ。もし食べたかったらすぐ言ってね!……はい! 陽輝のコーヒー。甘いやつ」
「うん。ありがとう。和也」
(ああ……いいな。私も、こんな風に梓ちゃんと対等に仲良くなりたい)
そう考えたら、なんだか急に涙が込み上げてきた。泣いてはいけないと思うのに、どうしても自分の意思では止まらなかった。私の異変に気がついた二人が、慌てだす。
「え! どうしたの? おにぎりは嫌だった?」
「和也、それは多分違うと思う」
「うう……すみません、違うんです。実は……」
私は、二人に体調不良の原因、梓ちゃんとの関係の悩みなど、洗いざらいを話した。
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急に後部座席からすすり泣く声が聞こえてきて、俺(和也)はぎょっとした。振り返れば、舞さんは涙を流し、苦しそうにしていた。思わず「おにぎりは嫌だったのか」と変なことを言って陽輝にツッコミを入れられてしまった。
彼女は泣きながら訳を話してくれた。しかし初めて聞くその話は俺達を困惑させるには十分なもので……
「私、梓ちゃんとずっと一緒にいたい。夢で見た出来事も、もう気にしてないのに……たまにすごくあの子といることが怖くなって。私おかしいのかなって……」
舞さんは、身体を丸めて完全に防御態勢に入っていた。
「ごめんなさい。こんな話するつもりじゃなかったのに……せっかくの楽しい旅行なのに、私にせいで……」
「舞さん。舞さん、落ち着いて? 大丈夫。俺は迷惑だなんて思ってないです。陽輝も迷惑じゃないよね?」
「ああ、うん……」
ああ、陽輝が困って苛立っている。でも俺に悪いから、それを隠そうと曖昧な音を漏らしてしのごうとしている。
「それさ、梓さんに直接話した方がいいと思う」
「陽輝。ちょっと話を急に進めすぎだよ」
「でも、実際そうじゃないか? 一緒にいたいなら、言葉にしないと始まらないし、一人で抱え込んで泣いてしまうくらいなら相手も言って欲しいだろうし……」
「陽輝。それ、昔の俺にも当てはまるから。黒歴史引っ張り出さないで」
「あ、ごめん」
「そうですよね。ごめんなさい……」
そうこうしているうちに、梓さんがお手洗いから戻ってきた。後部座席で泣いている舞さんを見て仰天した様子の彼女はしきりに、「どうしたの?」と舞さんをなだめた。
「疲れたの? 私が離れている間に何が……」
「ごめんねー何でもないの……」
俺が、どこから説明したものかと考えあぐねていると、急に『パン!』と車内に破裂音が響き渡る。陽輝が手を叩いたのだ。
「よし。ここじゃあ場所が悪い。向かいのカフェに入ろう」
「え? 陽輝……?」
「この際、腹を割って話した方が二人の為だろ。それとも、このまま数時間高速走るか? 俺は嫌だ」
そんなはっきり嫌だって言わなくても。と思ったが、彼の言い分はまあ正しい。俺と陽輝と状況が分からず困惑する梓さん、そして音に驚いて涙が止まった様子の舞さんは、コンビニの向かいにあったチェーンのカフェに車で向かった。