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第42話 温泉旅行10

目を開くと、見覚えのない天井。そうだ。私(舞)はお人形じゃなくて人間で、恋人と旅行に来ていて、恋人は梓ちゃんで。

一気に今の状態を思い出して、ふうと大きなため息を吐いた。

(びっくりした。昔の夢を見るなんて。もう気にしてないと思っていたんだけどな)

寝返りをうってみると、隣の梓ちゃんはまだ眠っていた。

彼女と私は元々友達で、でも私が余計なことを言ったせいで、関係性が変わってしまった。昔の私はただ、梓ちゃんの隣にいたかった。友達でよかった。えっちなんていらなくて、でもたった一人の友達の隣にいる権利だけは失いたくなかった。

(今はどうかな……梓ちゃんとえっちするの、嫌いじゃないけど……わかんない)

さて今何時だろうか。動いたら起こしてしまうかもしれないと、思うと窮屈で少し緊張してしまう。他にすることがないと、色々と余計なことを考えてしまった。

(梓ちゃんは私と恋人なの、嫌じゃないのかな。何で一緒にいてくれるんだろう。わかんない。これは考えたくないな)

もし、セフレの延長とかだったらどうしよう。そう思ったら胸がきゅっと痛くなった。

(もう少しだけ寝ようかな。おやすみ、梓ちゃん)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あついー! 陽輝ちょっとどいて、暖房消してくる」

 上に折り重なった陽輝にどいてもらい、俺(和也)は空調のリモコンを操作する。

「汗かいたね。もう一回シャワー浴びたい」

そういえば、部屋に貸し切りの風呂があったなと思って見てみたけれど、さすがに予約してないし使えないようだった。

「もう九時かあ。大浴場も開いてないや。とりあえず着替えようか」

「うん」

陽輝が旅行カバンを開けるために俺に背中を向ける。先ほどじゃれていたテンションのまま、何となく目に入った枕をぶつけてみる。

「えい! 着替えたら俺の布団来ていいよ。陽輝の布団のシーツ汗っぽいでしょ」

「うん。和也。備品壊れるから投げちゃ駄目だぞー」

「ごめーん」

俺も着替えようと思い、カバンを探る陽輝をのぞき込む。Tシャツを着ようと浴衣を脱ぐ彼の横腹をつつくと、「だーめ」と避けられてしまった。

「陽輝って横っ腹弱いよね」

「大体、皆同じじゃないか?」

「いや、陽輝は特に弱い! 高校生の時のクラスの友達、こんなじゃなかったもん」

「他の男の話するなよ。懐かしいけど」

「おお、束縛だあ」

そんな会話をしながら、俺も同じカバンを探る。

「とりあえずさ、着替えたらくっついて寝ようよ。せっかくの旅行なんだしゆっくり……」

その時、カバンの中に何だか見慣れた紙箱がある事に気が付いた。

「んん? これって……」

箱を掴み出した俺に、陽輝が「それは……」と焦った声を出す。箱の中身はコンドームだ。

「これ、未開封だよね。家に開封した箱あったよね。なんで?」

単純な疑問で聞いたのだけれど、陽輝は何だか言い淀むような様子を見せていて。

「その……足りないかもしれないから……買った」

そう呟いて、彼は両手で顔を覆った。それを聞いて俺も赤くなる。

「やだ、えっちだあ」

「ごめん……恥ずかし」

陽輝を見ると、頭から湯気が出そうなくらいで耳まで赤くなっていた。

(そんなに楽しみにしてたのか)

少し呆れながらも、むっつりな彼が買い物をしている様を想像すると、可愛く思えた。

「えい」と一声、箱を切り取り線から開けると、彼は少し驚いた様子で俺の方に目を向けた。

「いっぱい出来るね。ありがとう陽輝!」

そう笑い、彼の手を引いて俺の布団に誘導する。そのままくっついていたら陽輝から求めてきた。

「あんまりがっつかないでね。ちょっと目が怖いときあるから」

「了解……」




ふと、目が覚めた俺(和也)は、ぼーっとした頭を整理しながらスマホで時間を確認する。

(朝だ。六時かあ……朝食はバイキングだったな)

隣を見れば陽輝はまだ寝ている。起こすのもかわいそうだと思い、もう少しし寝かせてあげる事にした。

身体を拭いたり、着替えたりしているとむくりと陽輝の布団が動き出す。

「おはよ。陽輝」

陽輝は寝起きでぼんやりしている様子で、頭を掻いてあくびを一つした。

「おはよう。和也」

「陽輝はよく眠れた?」

「うん。最高の目覚めだよ」

「そう、良かった。七時から朝食だから、それまでゆっくりしてようか」

顔を洗っていると、陽輝が寄ってきた。

「身体大丈夫か? 昨日結構したから……」

「ん、なんとか大丈夫! 陽輝も身体拭く?さっぱりするよ」

陽輝にボディペーパーを渡すと安心したように寝床に戻り、身体を拭き始めた。

(陽輝も元気そうでよかった。まああれだけしたらスッキリするよなあ)

そんな感じで身支度をしたりゆったり過ごしているうちに七時を過ぎたので、そろそろ朝食会場へと向かうことにした。そこで女性二人とも合流することになっている。部屋を出て会話しながら歩いていく。

「俺お腹すいちゃったあ。何があるかな」

「水がおいしいから農産物もおいしそうだよな」

「そうだね。楽しみ!」

会場に着くと、すでに梓さん達が部屋の前にいた。

「あ、和也さん陽輝さん、おはようございます!」

俺達に気がついた梓さんが、声をかけてくる。

「おはよう、二人とも。寝られた?」

「私はぐっすりです」

「私もよく眠れましたー」

二人共元気そうでよかった。




バイキングには、おいしそうな料理が少量ずつ並んでいて心が躍った。

「良い感じ。何食べようかなあ……」

ガラスの容器に入ったヨーグルトを発見した。これは食後に食べようっと。後のデザートに思いをはせながら、皿になるべくバランスよく料理を盛っていく。盛っていくうちに、皿は三つになった。

「んんー何かいっぱいになっちゃった。食べきれるかな」

「じゃあ、半分もらっていいか? 全種類食べたいんだろ?」

陽輝が皿の中身を自らの皿に移していく。

「ありがとう。助かったよ」

「和也さん、盛り方が子供みたいですねー」

「舞! 失礼でしょ。すみません和也さん」

「全然いいですよ。バイキングは食べきれる量を持ってくるのがルールだからね」

梓さんにそう返して、俺は何となくみんなの食べているものを見まわした。

梓さんは、焼き鮭、玉子焼き、白米とみそ汁といった具合。プラスして小さなハンバーグが小皿に二個乗っていた。どうやら和食が好きなようだ。対して舞さんは、焦げ目の着いた丸いパンが二つ。パンコーナーの近くにトースターがあったからそれで焼いたのだろう。

「あれ、舞さんはパンだけなんですか?」

「んー、実は普段あんまり朝は食べないんです。お腹空かなくて……」

「舞は家で仕事してるから、その辺にあるものをその都度食べてるんです。」

確か舞さんは、事務の仕事をしていると言っていたけれど、リモートワークなのかな。最近は公務員でも自由なんだなあ。と考えながらナポリタンを食べる。

「あ、そうだ。謝らなきゃいけない事があって……」

「え、なに?」

「実は、舞の仕事って事務じゃないんです。訂正するのが遅くなってごめんなさい」

「ええーまた嘘かあ。やられた!」

その後、彼女の本当の仕事について聞いた。ぬいぐるみ作家って何で生計を立てているのと聞いたら、舞さんはスマホの画面を見せてくれた。

「これ、うちのこなんです。月に一回ネットで販売してますよー」

「毎月抽選になるくらい人気なんです。収入が安定している訳ではないけど、私は好きですよ」

画面を見ればタヌキのキャラクターだろうか。かわいいとは思うが、これが何倍もの抽選になるとは、色々な世界があるものだなと感心した。他にも、ぬいぐるみが運営しているらしいSNSのアカウントの存在を聞いたりして、食事の時間を過ごした。


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