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第41話 温泉旅行9

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陽輝が布団にくるまったまま、出てこなくなってしまった。

(どうしよう。俺も酔いが覚めてきたし、ちょっとやらかした気がする)

ちなみに俺は、全て記憶が残るタイプの酔い方をする。

(訂正。完全にやらかした……)

「陽輝い……ごめんね」

もぞ、と布団の山が動く。布団の山(陽輝)が「和也は悪くない」と喋る。

「ちゃんと同意を取れない状態でしようとしたし、それを従業員の子たちに見られた。恥ずかしくて情けなくて死にそうだ」

「そもそも俺から誘ったんだし、梓さんも舞さんも気にしないよ」

多分、という言葉は飲み込んだ。

「俺は駄目だ。ちょっと放っておいてくれ」

そうは言っても本当に放っておいたら拗ねる奴だこれ。陽輝は意外と女々しい所があるのだ。

「そんなこと言わずに元気出して? ほら、ぎゅー」

布団の山を両手で抱き締めるようにする。

「ほら、さっきもらったヤツ……たい焼き? 食べよ?」

軽くポンポン叩いたりしてみるが、震えたり唸ったりするのみで対した反応がない。

(もー仕方ないなあ)

こういう時は、相手と同じ状態になるしかない。

俺は隣の布団をかぶり、彼に話しかけてみた。

「コンニチハ、ぼくは布団星人だよ! 見たところ、キミも布団星人だね!」

ちょっと恥ずかしいけれど、陽輝以外見てないし、大丈夫大丈夫。

「キミのお名前は?」

「……はるき」

「はるきくん!布団成人のあいさつをしようよ!」

牛の角つきのように、布団ごしにアタックしていると、急に陽輝布団が開いて、囚われてしまった。

「バッカルコーン!」

「あー、共食いだあ! たすけてー(棒読み)」

そんなこんなでくっついたり、じゃれたりしているうちに、俺達は気持ち良くなって、陽輝の機嫌も直ったようで。良かった良かった。一件落着だ。




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部屋に戻ると、舞が「びっくりしたね」と話し始めた。

「ね。二人の邪魔しちゃったみたい」

「でも、ノックしても返事なかったし」

「そういう問題じゃあないよ」

しかし、いけないこととは思いつつも、興味本位で聞き耳を立ててしまったことは事実で。

(実は人のそういう事情って興味出ちゃうな。大っぴらには言えないけど)

「でも夕食もおいしかったし、もう寝たら旅行終わっちゃうなんて……何か寂しいなー」

私が下世話な事を考えている一方、舞は相変わらずピュアだった。

「舞のそういう感じ好きだよ」

「えー急にどうしたの?」

「何でもない! いやー今日は楽しかったな。明後日からは仕事だ」

「よくわからないけど、誉めてくれてありがとう。私も仕事かなー」

彼女の口から出た『仕事』という言葉に、私は彼女が和也さん達にまた嘘を吐いていた事を思い出した。

「次はどんなイメージなの?」

昨日サービスエリアで警察事務だなんて言っていたが、舞の仕事はぬいぐるみ作家だ。安定した収入があるものではないが、好きな人にはとても人気を得ている。実際、彼女のSNSのフォロワー数はかなりのもので、私が店をやっていた時のものより断然多い。

「うーん……まだ決まってない。考え中!」

そうは言いいつつ見せてくれた構想ノートには、今回の旅行で得たらしいイメージが記されていた。

「ガラス細工、お刺し身、アジフライにたい焼き……全部メモしてるよー」

ガラス細工が気になるらしいが、一体どうやってぬいぐるみにする気なのだろう。

「でもさ、楽しい旅行を企画してくれた和也さんに感謝しないと。お友達と旅行なんて私、初めてかも」

「まあ、お友達では……ああ、舞はそれでいいのかな」

私にとっては雇い主だけど、彼女にとってはまあ友達に近いのかもしれない。なんとも不思議な関係だ。

(でも夫や妻の上司なら、それは友達ではないよなあ。んん?)

訳が分からなくなってきたので、もう考えるのは止めることにした。

「じゃあまあ、明日もあるしもう寝ようかな。起きられなかったらまずいし」

布団に入ると、舞もついてきた。

「梓ちゃん寝ちゃうの? じゃあ、私も布団入ろ。久しぶりに手つないで寝よー」

「えーいいけど……最近手ぇ荒れてるから恥ずかしいな」

「いいの! 私が落ち着くから」

私の手を頬にすり寄せ、安心したように彼女は目を閉じた。電気を消し、枕元の間接照明だけにする。

「おやすみ。舞」

「おやすみ。梓ちゃん」



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私はお人形の白ウサギ。私は今ベッドの上に座っている。それでえっと、今は何をしていたんだっけ? 

隣に座っている黒ヒョウのお友達が、しくしく泣いてる。

(そうだ。私は今、この子のお話を聞いていたんだった)

『だいじょうぶだよ。お金が足りないなら、私がだすから。私、貯金がたくさんあるの』

自分でそう言いながら、貯金なんて本当にあったかな、と小さなハテナをたくさん頭に浮かべていた。

『私、黒ヒョウちゃんの役に立ちたいな。なんでもするよ』

そう言うと、目の前のお友達は『バカにしないで』と言って私をなぐった。

『いいよね。ぬいぐるみ作って、楽しく暮らして。どうせたいした悩みもないんでしょ』

(おかしいな。むずかしいたし算はできないし、ほかのお友達もいないし、いつも何かがこわくて心がバラバラになりそうなのに。私にもなやみはあるのにな)

知っている。それを伝えたら、お友達はもっと怒ることも、私がそれを伝えてしまったことも。だってこれは夢で、でも現実に起こった事で……

『なんでもするんでしょ? じゃあふくをぬいで。私のいうとおりにして』

(ごめんね。私、ただ役に立ちたかっただけなんだ。いつも変なこと言ってごめんね。本当に嫌になっちゃうな、この頭)


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