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第40話 温泉旅行8

部屋で休んで俺の身体の痛みも引いてきた為に、温泉に浸かりに行くことになった。

時刻は四時半。夕食が六時だから、まあ余裕だろう。

大浴場は広く、扉を超えた場所には露天風呂があるようだった。

「おおー温泉だあ」

和也が歓声をあげる。

「まずは、かけ湯をしてから……と」

かけ湯を知っている和也はえらい。と、そんな事よりも。

(裸の和也久しぶりに見た……何かやばい。破壊力が……)

湯けむりによっておぼろになった視界。その先のかけ湯で濡れた和也の肌。最高だった。しかしここは公衆の場だ。慎ましく過ごさなければ。

「陽輝、ほらかけ湯しなよ。で、一緒に温泉入ろ」

和也が天使のような笑顔で誘ってくる。ああ、もう!

ばしゃっと頭から湯を被り、心頭滅却をはかった。まだ足りない。

「俺、サウナ行ってくる」

「え? 温泉入らないの?」

「後で。待ってて」

サウナは、俺が湯を被っていたせいでめちゃくちゃ熱く、どうも他の客に白い目で見られていたようだった。対して気にならなかったけれど。

(これを超えたら和也とイチャイチャ……これを超えたら和也とイチャイチャ……これを超えたら和也と……)

ブツブツと独り言を言いながら十分ほど過ごし、水風呂に入った頃にはもう正気に戻っていた。

「和也。お待たせ」

全ての邪念を洗い流してさわやかに登場した俺。しかし。

「陽輝遅―い。俺もうあがるね」

ざばっと湯から出る彼。呆然として尻を目で追い、湯船に残された俺。

(しまった。時間をかけ過ぎた……)

己の至らなさに、思わず頭の先まで湯船に浸かる俺。そんな俺の目線に見覚えのある身体が……

「か、和也?」

「露天風呂行こ? 今誰もいないよ」

「あがるんじゃなかったのか?」

「だって、陽輝一人だとかわいそうだから。せっかくの旅行なのに」

ああ、俺の彼氏はなんて出来た子なんだ。そう感動しながら、俺は彼と外の露天風呂に向かった。

露天風呂はいい具合にぬるく、景色を見ながら長く入れそうだった。薄く積もった雪が非日常感を演出している。

「俺、こんなにたくさん雪があるの初めて見た。東京辺りは全然だもんねえ」

和也が近くの雪に触り「冷た」と言って遊んでいた。

「もう少し入ったら本当にあがるね。のぼせちゃうから」

そんな彼氏の様子を眺めていたら、幸せでこっちがのぼせそうだった。

(マジで来てよかった。温泉ていいな……)

「温泉ていいね。陽輝!」




時刻は五時半前。大浴場から出た俺達は、自分達の部屋に向かっていた。

「温泉気持ちよかったあ。ね、陽輝」

「うん。そうだな」

「ここのお湯は美人の湯だってさ。俺達キレイになっちゃうね」

和也がこれ以上かわいくなるのかと想像しようとしたが、既に限界にかわいいので想像がつかなかった。

「何かお腹空いたなあ。夕食どんなのだろうね」

確か海鮮系だった気がする。この辺りの海ではどんな魚が獲れるのだろうか。そんな話をしながら、部屋に戻る。

「でも、さっきはびっくりした。露天風呂で振り返ったら陽輝鼻血出てて……」

お前のかわいさに思わず、と言うのは少々気持ち悪いかと思って言わなかった。

「のぼせちゃって……」

そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。刺身の盛り合わせから山菜まで、何でもござれと言った様子で味も見た目もおいしく、和也も喜んでいた。

「お刺身大きいね」「山菜の天ぷらおいしいー!」「え、お米おいし! 何これ、おかわりしようよ陽輝!」

(いっぱい食べて大きくなれ、和也)

小動物のように食べ物を口いっぱいにほお張る彼の様子をほのぼのと見ていると、飯が進んだ。そして自分用に頼んだ日本酒を彼にすすめると「俺、実は日本酒飲んだことない」との事。

「俺、高校卒業前に海外行ったし、あっちでも帰って来てからもビールとかしか飲んでないし。何かタイミング逃したなあって……」

「マジか」

「マジマジ」

「飲める? ちょっとずつな」

「うん!……うーん。何だろう……しびれる」

「まあ、酒だからな」

彼曰く、『しびしびする、苦い』との事で、あまりお気に召さなかったようだ。

「俺はやっぱりこっちかなあ」

そう言って、彼はビールをぐびぐび飲んだ。そしてその後、事件は起こった。

好きじゃないと言いつつ、ちょくちょく欲しがられるままに日本酒を与えていたら、和也の様子がおかしくなってきたのだ。

「……大丈夫か? 和也」

見れば、頬があかくしゃべる言葉も曖昧だ。

「何か眠くなっれきた……」

料理の提供は終わっていた。丁度食器を下げに来た仲居に布団を敷くように頼み、彼を介抱する。

「日本酒身体に合わなかったのかな。ごめんね、和也……」

「えへへ。はるきと一緒だあ」

「うん。一緒にいるよ」

どうも、今回はもうお預けのようだ。仕方ない。彼がこんな状態じゃあ、もう寝るしかないだろう。

(色々楽しみにしてたんだけど……仕方ないか)

布団を敷き終わった仲居が、退室のために声をかけてきた。その時だった。

「はーるき。ちゅ」

和也が俺に抱きついて頬に口づけてきた。そのまま、予想外の重みで押し倒された。

「うわっ」

「はるきーえっちしようよお」

「いや、待ってまだ仲居さんが……」

あわてて彼女の方を見ると「あらあら。ごゆっくり」と部屋を後にしていった。

「はるきー好き」

「待って、まだ準備してないしお前がこんなんじゃ……」

「はるきー……ちゅちゅっ」

まずい。このままでは俺がもたない。

「だめだよ。和也がちゃんとしらふの時にしような」 

表面上平静を装い、抱きついてくる彼から無理やり脱出した。しかし振り返れば彼の浴衣がはだけ、服装が乱れているではないか。酔いに任せてヘラヘラと笑っている和也と視線がかち合った。途端に肌があわ立ち心臓が跳ねる。

(あ。これ、やばい)

中途半端な酔いがまともな思考を奪う。なんだかクラクラして……身体、あつい。

ゆっくり覆いかぶさると、和也は何だか泣きそうな顔をしているように見えた。ああ何してるんだ俺。こんな状態で、同意なんて取れないのに。

「はるき……」

「ごめん。なるべく、優しくするから……」

そう言い、あふれ出す己を解放しようとした時だった。

ガタリ、と。廊下へと続くふすまが音を立てたのだ。その音で一瞬にして我に返った。

身なりを整え、そっと確認しにいくと、そこにいたのは梓さんと舞さんだった。

「あ、えっと……すみません。ノックしても返事がなかったので……これ! おいしいの渡しに来ただけなんで。では!」

「たい焼きおいしいですよー 和也さんと一緒に」

「舞! お邪魔になるから……!」

そそくさと部屋を後にする梓さん達二人。俺は襖を閉め、歩を進め、布団にくるまり悶絶した。

(色々……終わった……)


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