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第39話 温泉旅行7

俺(和也)と陽輝は施設の中にある、直売所にいた。地域の野菜やその加工品などがたくさんあって、見ているだけでおもしろかった。

「枝豆だ!」

「枝豆だな」

「これ家族用かな。めちゃくちゃ入ってるね」

 他には、金属でできたタンブラーや、有名なキャラクターのご当地限定バージョン。オリジナルキャラクターのグッズなどがあった。

「見て。かわいいね、このキャラクター『ぐうじにゃん』だって」

 宮司と猫をモデルにしたキャラクターらしく、ここのイメージキャラクターのようだった。

「宮司さんなのか。偉いんだね。かわいい」

 そしてぬいぐるみキーホルダーやその他お土産を買い、店員に聞くとちょうど、ぐうじにゃんの着ぐるみがこの辺りに来るらしく、陽輝と一緒に見に行った。

「そろそろ、予定の時間だね……あ! あれかな」

 スタッフと思しき人に付き添われ、ぐうじにゃんが近づいてくる。

「わあ、かわいいー」

子供や女性に交じり、軽く手を振ると、彼(彼女?)も手を振り返してくる。

「実は俺、着ぐるみとか好きなんだよね。何か、遊園地とか観光地にいるから、楽しいことのシンボルって感じで」

陽輝は「なるほど」と答えた。

「じゃあ一緒に写真撮ってもらうか? ほら、並んだらいけそう」

「ええ! 何かいい歳だし恥ずかしいな……」

「まあまあ、せっかくだから……」

陽輝にしては押しが強い。多分、俺が恥ずかしがっているのを見て楽しんでいるんだ。

「じゃあ、そこまで言うなら行こうか」

 こうなったら、道連れだ。直前で陽輝も巻き込んで誰かに撮ってもらおう。そんな事を考えているうちに、俺達の順番になった。

「すみません! 俺ら二人で写りたいんでカメラお願いします。ほら、陽輝スマホ!」

予想外に被写体にされた陽輝は、最初めちゃくちゃ嫌がっていたが、最後は真っ赤になってピースしていた(一応ポーズしてるのかわいいなと思う)


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やられた。何で俺(陽輝)まで着ぐるみと写真を撮ることに。カメラマンとして特等席で、和也の笑顔をおさめるはずが。

「楽しかったね。陽輝!」

 店のクレープ片手に、憎たらしい程の笑みを浮かべた和也。それがまたかわいい。

「うん……」

すると「ごめん本当にいやだった?」と上目遣いで聞かれる。それをされると、何でも許してしまう事を、和也は気づいているだろうか。多分うすうす気づいているだろうな。

「いいよ。和也が楽しくて良かった」

「本当? やったね」

クレープをおいしそうに食べる和也を見ていたら、今回旅行に来て本当に良かったと思った。雪は残っているものの、天気に恵まれていて良かった。山も見えるし、空気もうまい。腕時計を見れば、四時だった。

「和也、そろそろ宿に戻らないか?」

「んん? あ、もうこんな時間か。歩いて戻って、温泉入ってって感じかな」

和也と温泉キタ――! 内心サンバのリズムを刻みながらも冷静に「そうだな」と返した。

「温泉楽しみだね。陽輝!」

「うん。楽しみだ」




帰り道。小さな事件が起こった。歩きながら和也と手をつなごうとしたのだが、避けられてしまったのだ。

(ん……?)

始めはタイミングが合わなかったのかと思い、再度手をつなごうとしたのだが、どうも故意に避けているように思えた。

「か、和也」

「ごめん。手をつなぐのは……待って」

ショックを隠しながらも、理由を問うと、彼はこう返した。

「なんだろう。ちょっとだけ怖くなったというか……俺達って周りのカップルとやっぱり違うんだなって」

「どういう事?」

「えと……つまり、男同士だから……ごめん! こんな事今更言って。陽輝が大好きなのは変わらなくて。でも、俺達ってどう見えてるんだろうって、ちょっとだけ不安になって」

「……そうか」

 恐らく、旅先で複数の異性カップルを見たことで不安になったのだろう。

「ごめん。何でもないんだ。ほら、手つなごう?」

痛々しい笑顔で、手を差し伸べてくる和也。俺はその手を取り、抱き上げた。

「わあ!」

いわゆるお姫様抱っこをされた和也が驚き声をあげる。その声に周りの観光客が振り返った。

「ちょ……何してるの。降ろして、皆見てるから」

高さや視線が怖いのか、きゅっとしがみついてくる。その身体を抱いて、走った。

「ちょっと! 陽輝い?!」

思ったより体力が持たずに、すぐ限界が来た。やはり、高校生の時とは身体が変わってきているのだ。旅館に着いた頃には言葉を発せないくらい息を切らしていた。

「だ、大丈夫? 陽輝……どうしたの?」

しばらく息を整えた後、訳を説明することにした。

「わかんない……でも、何か急に走りたくなって……」

困惑する和也に「でも」と息も絶え絶えに言った。

「こんな俺といるの、嫌だ?」

驚いた様子の和也。困った様に笑い、「いやじゃないよ。陽輝」と座り込んでいた俺を抱いた。

「いつもクールなのに、変なの! さ、汗かいたから温泉入ろうよ」

そういう和也は、もういつもの和也だった。良かった、元気が出たらしい。

立ち上がろうとしたのだが、脚ががくがくで立ち上がれなかった。どうも、急に身体を酷使しすぎた様だった。

(くそ……和也の前で良いカッコしすぎた。恥ずかしい……)

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