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第38話 温泉旅行6

部屋は思ったより広く、窓から見える温泉街も情緒があって気に入った。

私(梓)と舞は、とりあえず座椅子に着席して、置いてあった温泉まんじゅうを食べ、お茶を飲んでいた。

「このお菓子おいしー! 急須で入れた緑茶とか久しぶりに飲んだ」

舞がニコニコしながら温かいお茶をすする。

「あちっ……」

「もう、舞ったら。猫舌なんだから慌てて飲まないの! お茶は逃げないよ」

「だって、おいしいんだもーん」

 そんな他愛のない話をしていたら、声かけと共に仲居の女性が来て、夕食と朝食の時間など色々と説明をして去っていった。

「夕食は六時か。今は二時半だから……もう温泉入っちゃうとかどう? 部屋貸し切り風呂は夕食後に入る感じにして」

私がそう提案すると、舞は「賛成―」と手をあげた。

「温泉どんな感じかな? 楽しみー」

「よし、じゃあ、お菓子食べてひと段落ついたら行くか」

「うん」




大浴場は広く、室内にはいくつかの浴槽があり、外への扉を開けると露天風呂があるようだった。

「広―い」と楽しそうに口にする舞。

「舞、コンタクト落とさないようにね」

「うん。がんばるねー」

頑張ってどうにかなるのだろうかと思いながらも軽く身体を洗い湯船に向かう。

「梓ちゃん、どこー? コンタクトどっか行っちゃった」

案の定大丈夫じゃなかった舞がさまよっているのを隣に誘導して、私たちは隣り合って温泉に浸かった。

「もう……眼鏡持ってきた? 大丈夫?」

「部屋にある」

「脱衣所にないの? まあ、いいか。とりあえず温泉楽しんで」

「うん。ごめんね、梓ちゃん」

「謝らない!」

舞にそう言い、大きなガラス窓から外の露天風呂をぼうっと見ていると、心が安らいだ。少し温まったら、あっちにも行きたいな。

「ねえ。梓ちゃん」

「なあに。舞」

「私さ、今日変じゃなかった? ちゃんと普通に出来てたかな」

彼女はそう言う。見れば、湯船に視線を落として不安そうにしていた。

「また、変な嘘吐いちゃったし。和也さん達に変な子って思われたんじゃないかって。心配……」

(ああ、やっぱり気にしていたか)

舞は、精神的に幼い所があって、それを彼女自身自覚していて、相手に合わせて日々背伸びをしている。昔から内向的な性格で、しかしそれを悟られまいと気を張っている。

「大丈夫。和也さんも陽輝さんも、なんとも思ってないよ」

「そう、かな」

「そうだよ。それにね、もし変な子だって思われてたって、いいの。だって私がいるでしょ?」

「うん……」

 それでもまだ居心地が悪そうにしている舞。

「梓ちゃん、私ね。梓ちゃんにはもう嘘吐きたくないなって思うんだ」

「何で?」

「梓ちゃんの隣って落ち着くし。ずっとこのまま一緒にいたいから。嘘つきはみんな嫌いでしょ? もし、梓ちゃんに嫌われたら私……」

全く。そんな泣きそうな声出されたら困っちゃうじゃないか。

「よし、舞。露天風呂行こう」

「え?」

驚いた様子の彼女の手を取り、外の扉の方へと誘導する。

「気持ちが沈んだときは、きれいな景色を見るのが一番!」

「梓ちゃん……」

扉を開けると、火照った身体に心地よい風がびゅうっと吹いた。

「おお、さむーい。雪積もってる」

湯船に人がいたが、気を遣わせたのか入れ替わりに出て行ってしまった。入ってみるとさっきの熱い湯より若干温度が低く、長く入る事が出来そうだった。

「こっちは景色いいね。舞」

「うん……」

笑顔を見せながらも、すっかり気持ちが落ち込んでしまった様子の彼女に、少し身体を寄せてみる。今は誰もいないから少しくらい良いだろう。

「舞は、嘘嫌い?」

そう聞くと、もちろんと言った具合に舞が「きらい」と言った。

「嘘つきは嫌われるから……」

「そうか。でも……嘘を吐かない人って、いないと思う。それに舞は、私を守ろうとした時とか、面白い事を言おうとした時に嘘を吐くでしょ? 悪意がないっていうか、人を傷つけようという気持ちがなければ、嘘も悪くないんじゃないかな」

舞は、私の言葉を咀嚼するように「悪意、か」と呟いた。

「私は、嘘つきで誰より優しい舞が好きだよ」

そして、頬をくっつけるようにすると、舞はもう、いつもの舞に戻っていた。

「ありがとう。梓ちゃん! 大好き」

「それは嘘じゃないよね?」 

「もう! いじわる言わないで!」




大浴場から出て部屋に戻る途中で、夏浴衣の貸し出しがある事に気が付いた。せっかくの旅行だし街を歩くときに浴衣を着ていくのもありだなと考えた。

「舞。浴衣の着付けだって! まだ夕食まで時間あるし、着たくない?」

「え、着たーい」

彼女もノリノリのようなので、少し部屋で火照りを覚ましたら、体験してみる事になった。その予定だったのだが。

温泉に入ったらお互いスイッチが入ったようで、部屋に戻るなりそのまま二人でくっついていい雰囲気になってしまった。

「そういえば。浴衣着なくていいの?」

「んー。何かあったかいし、気持ちいいからこのままでいいかなー」

まあ、いいか。せっかくの旅行なんだし。自由で。


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