その後。店員さんが運んできた海鮮丼はおいしかったし、梓さんのアジフライ定食もおいしそうだった。陽輝と一緒のものを食べて一緒に旅行できて、なんだか幸せだなあと思った。
「何か、日常に戻るのがちょっと怖くなってきたよ」
食べながら、冗談めかしてそんな事を言ったら、陽輝も「そうだな」と言った。
「でも、二人ならいつだって楽しいだろ?」
「もー、何それ! カッコいいこと言って!」
「でも事実だろ?」
「うん」
うっかり俺達二人の世界に入ってしまった事に気が付いて梓さん達を確認したが、二人は二人で楽しそうにアジフライと刺身を交換していたので、良しとした。
チェックインできる時間が近づいてきたので俺達は旅館に向かって歩いていた。
「ご飯おいしかったね陽輝。他のメニューもおいしそうだったし、まだ居たかったなあ」
「すぐ近くだし、もしだったら、一回チェックインしてからまた行くか?」
「あ、いいね。何か直売所もあったし、今度は甘いのも食べたいなあ」
そんな会話をしていると、意外にすぐに目的地に着いた。山は行きより帰り道の方が時間が短く感じる法則というものがあるらしい事を何となく思い出した。
部屋は二部屋取ってあり、『俺(和也)と陽輝』『梓さんと舞さん』で別れることになっている。当初、修学旅行みたいにある程度行き来する予定だったんだけれど、意外に部屋同士が遠かった。
「ここからは別行動かな。梓さんと舞さん、またね。楽しんで!」
そう声をかけて、俺達はカップルごとに別れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺(陽輝)と和也が通された部屋は、畳の真ん中に四角い机と周りに座椅子が四つという、旅館としては定番のレイアウトだった。端には先に預けていた荷物が置いてあって、痒いところに手が届くとはこの事だと思った。
「いいねえ、なんか旅館て感じする!」
和也がきゃっきゃとはしゃいでいる。
「ここで一日過ごすんだね。楽しみだね」
「そうだな」
「あ、そういえばさっきの場所また行くんだよね。俺一回トイレ行ってくるね」
そう言い残し、和也が部屋の手洗いに消えていった。後には、旅館の部屋に残された俺。
(……何か、急にドキドキしてきた!)
和也と同じ部屋で寝るなんて、いつもしている事なのに何で俺はこんなに緊張しているんだ。場所が変わったせいか? 旅館だから? 旅館パワーすごい、怖い。
和也と暮らし始めてからうすうす気が付いていたが、俺はどうも雰囲気に左右されるタイプらしい。もっともらしいシチュエーションを用意されるとどうにも型にはまりたくなる。わかりやすく言うと、今めちゃくちゃ和也とこの部屋でイチャイチャしたい。
(でもどうしたらいいんだ。さっき自分で言ったとはいえ、今は出かける雰囲気だし……)
そんな事をモンモンと考えていたら、和也がトイレから出てきてしまった。
「お待たせ! 陽輝はトイレ大丈夫?」
「ああ、えっと……」
和也が不思議そうな目でこちらを見上げてくる。
(そんなまっすぐに見られたら、俺……)
堪らず彼に手を伸ばそうとしたその時だった。
「失礼いたします」と部屋の外から女性の声。まずい。仲居が来た。
慌てて離れる俺と和也。仲居の女性は、俺の落ち着かない様子に少し首を傾げたようにも見えたが、夕食と朝食の時間やその他諸々を説明して、すぐに退室していった。
(驚いた……仲居が来るのは分かっていた事なのに、すっかり忘れていた)
勝手にドキドキしている俺を知ってか知らずか、和也は「じゃあ、行こうか」といつもと変わらない様子。
「どうしたの? 行かないの?」
「ああ……行こうか」
「……陽輝、やらしい事考えてたでしょ。まだこんなに明るいのに!」
ぎくり、とした。やはりバレていたのか。
「わかるよお。陽輝って、そういうこと考えてる時、めちゃくちゃ分かりやすいからね」
「そう、か……」
和也がこちらに歩み寄り「えっち!」と言ったかと思うと、襖をあけて靴を履き始めた。
「そういうのは、後で! ほら、出かけるよ」
「はあい」
すると、しゅんとしている俺を見て、和也が何か呟いた。
「陽輝。こっち来て」
「ん、なに」
呼ばれ、彼のいる下駄箱の近くまで歩いていくと、ジャケットの襟を掴まれて、キスされた。
「これで今はガマンしてね。続きは後で。俺も結構楽しみにしてるんだから……」
呆けている間に、彼は先にドアを開けて出て行ってしまった。ガシャン、という閉まる重い音で我にかえり、慌てて追いかけた。
「待って、和也! 楽しみにしてるって……」
「陽輝、しー! 廊下で大きい声出しちゃダメだよ」