時刻は、午前十時。旅館駐車場に到着した俺達四人は、荷物を持ち建物の中に入った。
「旅館てやっぱりいいなあ。何ていうか旅行来たって感じする」
俺(和也)がそう言うと、陽輝が「そうだな」と答えてくれた。チェックインにはまだ早い為に俺達四人は、大きな荷物を置いてから、付近を散歩することにした。
調べてみると、少し外れた所に、また何か店が固まっているところがあるらしく、とりあえず俺達はそこを目指して歩いた。
横に車道を見ながら大通りを進んでいくと、まもなく前方にロータリーに沿った形の施設が見えた。
「見て陽輝!あれもしかして足湯かな?」
指差した先では、内側を向いて座った人々が、それぞれ談笑している。近づいてみると、やはりそれは足湯のようで、心が踊った。
「わあ。何か温泉街って感じ。皆どうする?足湯あるよ」
「あ、私入りたいです」
梓さんがそう答え、舞さんも「賛成ー」と同調した。
「陽輝はどうする? 俺も入りたいなあ」
「和也が入るなら俺も」
「そう来なくちゃ」
靴下を脱ぐと、冷たい北風が湿り気を帯びた足を撫でていく。そして足先から温水に浸かると、何とも心地よい温度がじわりと足を温めた。
「うわあ、あったかい! きもちー」
ふと、俺ばかり喋っている気がして「陽輝。楽しいね」と横の彼を見上げた。
「うん。楽しいな」
突然だが、俺(陽輝)は今回の旅行で楽しみにしている事が三つ程ある。
一、シンプルに久しぶりの和也とのデート。
二、和也と一緒に風呂に入ること。
三、旅館の浴衣姿の和也だ。
足湯に入る和也は楽しそうで、しかしながら濡れた足をパシャパシャしている様子が何だか、いやらしく見えた。
(ヤバイ。俺だけ盛り上がってどうするんだ……従業員もいるのに)
こんな事で、盛っているのを和也に知られてはいけない。また『陽輝のえっち!』と言われてしまうじゃないか。
(それもまあ、良いんだけど……いや、何を考えてるんだ俺は。変態か)
思えば、和也は高校生の時から容姿や肌艶やその他色々があまり変わらないように思えた。
(俺は最近、胃がもたれる気がするし、昔みたいに素早く動けなくなってきた。三十路も近いし、もし和也に釣り合わなくなったらどうしよう)
薄毛で腰の曲がった老人になった俺と、今と変わらず美しい和也を想像してしまい、ぶるりと寒気がした。
「陽輝……どうかした? 寒いの?」
俺の考えてる事を知らず、和也が不思議そうに聞いてくる。
「和也。俺、エステとか行った方がいいかな……」
「え。急にどうしたの?」
「陽輝ったら、また考えが飛躍してる」
今まで考えていた事を話すと、和也はそう言って笑った。
「笑わないでよ。俺だけシワシワのヨボヨボになるの嫌すぎるって考えちゃったんだから」
和也は「俺だって、最近身体の変化は感じてるよ。年取った後のことも心配だし」と言う。
「本当に?」
「本当です」
わざとかしこまった様子で言うものだから、思わず吹き出してしまった。
「ねえ、筋トレ一緒にしようよ。筋肉は全て解決するんだよ!」
そう言って、細い腕の筋肉を見せるようにポーズをとる和也。かわいい。
「それに、俺は陽輝がどんな姿になってもずっと一緒にいるし、大好きだよ」
その言葉に何だかジンとしてしまう。俺の恋人はなんていい奴なんだ。
「信じてね。陽輝」
俺(和也)と他三人は昼ごはんにその施設のフードコートに入った。
「俺この海鮮丼にしようかな」
「俺も和也と同じもので」
「じゃあ私、アジフライ定食にします」
「どうしよ。じゃあ私も海鮮丼にしようかなー……梓ちゃんにもちょっとあげるね!」
そんな感じでそれぞれ食べたいものを選び、料理が出てくるのを待っていた。
「そうだ! 皆さん、これ見てください」
「神社の近くのお店で買ったんです。皆さんの分もありますよー」
「ええ、俺達の分もあるの?」
「かわいいから、お揃いにしたかったんです! よかったらもらってくださいー」
見れば、真ん中に穴の開いたガラス細工のようだ。全部違うデザインで、味わいがある。
「ヒモもセットでもらったんです。使ってくださいね」
「ありがとう。大事にします。舞さん優しいですね!」
俺がそう言うと、彼女はわかりやすく照れた。
「えへ」
「良かったね。舞」
「うん。良かったー……あ、私ちょっとお手洗い行ってきますね」
舞さんはそう言い席を立つと、案内プレートに沿って、奥ののれんの向こうに消えていく。
「……あの。和也さん。陽輝さん」
彼女の様子を見送った梓さんが、少し不安そうに俺達の名前を呼んだ。
「どうしました? 改まって……」
彼女は、何とも言えない不安を孕んだ表情をした後「お二人も気が付いたと思うんですけど」と話し始めた
「舞って、たまに変な嘘を吐くんです」
「ああ、まあ。確かに」
確かにその言葉には思い当たることがあった。具体的に思い浮かぶのは、サービスエリアでの一件と、コンビニでのお菓子の件だろうか。もしかしたら、気が付いてないだけでもっとあったのかもしれない
「お二人が気を悪くしてないかなって、ずっと気になってて……」
違和感は感じていたがそこまで気にはしていなかった、というのが正直なところだった。陽輝にも聞いてみたが、同じような反応だったようだ。
「確かに、舞って嘘を吐くんですけど、悪意はなくて……多分好きな人の気を引きたいだけなんです。あの子ってちょっと精神的に幼いというか、子供っぽい面があるんですけど、本当に悪気はなくて。でも、悪気がないからって嫌な事は嫌だよなって思って。だから、舞がいない時に舞についてどう思ったか、確認しておきたかったんです」
舞さんは、一気に話して疲れたのか、グラスのお冷を飲み干した。
「……ごめんなさい。楽しい時に変な話して」
「いや、大丈夫です! 逆にちゃんと話してもらえて良かった。気になってる事があるままの方が体に悪いから……俺も陽輝も、舞さんに対してマイナスイメージはないです。それは本当。嘘を吐いたのも、梓さんを守る為だし」
それを聞いて安心したのか、やっと梓さんは笑顔を見せてくれた。多分この事が胸につかえていたのだろう。
「明るくて、良い人だなって思います。素敵な彼女さんで羨ましいですよ」
そう言ってから「もちろん俺の彼氏は、陽輝だけだよ」と彼へのフォローも忘れない。陽輝はこういう細かい事を結構気にする。
しばらくすると、お手洗いから舞さんが戻ってきた。俺達は、さっきの話し合いの雰囲気を伝えないように、普段通り振る舞った。
(こんなに周りの人との関係を心配して。舞さんって、愛されてるんだなあ……)