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第34話 温泉旅行2

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早朝五時。俺(和也)と他三人は山の駐車場に向かい、車で斜面を登っていた。

心配していた人ごみだが、日の出前だからか、まだそこまで混んでいなかった。

「山頂付近まで車で行けるんだね」

「一応スニーカー履いてきたんですけど、道キレイですねー良かった」

各々感想を言いながら、駐車場まで行き、コンビニで買った早めの朝ご飯を食べた。

「えっと……日の出は七時少し前みたいだ。早く着きすぎたかな」

「少し休もうか。陽輝運転お疲れ様。二人も寝てていいよ。俺起こすから」

 陽輝にほぼ運転を任せてしまった。俺は日本での免許が無いし、他に運転できる梓さんも、レンタカーの運転は少し不安そうだった。

(やっぱり今度、普通免許の取得考えようっと。仕事でも役立つだろうし)

そんな事を考え、六時にアラームを設定して俺は眠りについた。




アラームの音で目が覚める。スマホを見れば、当然六時丁度。隣の陽輝は既に起きていた。

「ふあー……おはよ。陽輝」

「おはよ。和也。まだ眠い?」

「んーん。平気」

後ろの二人はまだ寝ているようで、手をつなぎ規則的な呼吸音をたてていた。

「ちょっと早いけど様子見て来ようかな」

「俺も行く」

「陽輝は、二人と一緒にいてあげて。女の子だけ残すと危ないかもだから」

「わかった」

暖房の効いた車内から出ると、外気温との温度差に驚く。山の上だからなのか、空気がきれいで気持ちよかった。

(雰囲気のおかげかもしれないけど、やっぱり気分がいいなあ)

 太陽はまだ登っていなかったが、周りの人影が分かるくらいには明るかった。駐車場から出て少し進むと、急に俺の耳を甲高い声が突き抜けた。

「ねえ!! ゲーム持ってきていい? ひま!」

「ダメ! もう少しでお日様出るから。一緒に見ようね」

「もう、ひーまー!!」

見れば、二人の男女と幼稚園に通っているくらいの男の子……恐らく親子だ。ここにいる目的は恐らく俺達と同じ。確かに待ち時間は子供には退屈だろう。

微笑ましくも、ちょっとうるさいなあと思い、俺は一度車に戻ることにした。

車内に戻ると、陽輝がスマホから顔を上げる。

「早かったね。どうだった?」

「まだ、日は登ってなかったなあ。あ、空気良かったよ」

見れば、後ろの二人も起きたようで、口々に「おはようございますー」と言われた。

「皆で外出る? 眠気冷めるよ」

「うん。そろそろ予定時間になるから、外で待機しようか」




その後。結果から言うと、俺と陽輝は初日の出を見逃した。

 俺が、カメラマンらしい人の前に立ってしまって叱られ、その謝罪をしたり陽輝が反論したりなんやかんやしているうちに、うっかり日の出の瞬間を見逃してしまったのだ。カメラマンの人もシャッターチャンスを逃したらしく、また怒鳴られそうだったから四人で退散した。

 車を神社方面へと走らせながら、俺達四人は談笑していた。

「ふう……怖かった。でも悪い事したなあ。一年に一回のチャンスなのに」

「気にしなくていい。あんなにネチネチ文句言う方が悪いし。それに皆で使う高台だろ」

「まあ……それはそうだけど。」

「お二人共、お菓子食べて元気出してください。はい、和也さん!」

舞さんが、後部座席から助手席へチョコの袋を差し出してくる。

「ありがとう。あ、これさっきのコンビニで買うか迷った奴だ!」

「和也さん、これずっと見てましたからね」

「え、だから買ってくれたの?」

「えへ。嘘です。偶然です」

「ええー! 何でまた嘘つくのお」

「すみません。昔からこういう子なんです。嫌だったら止めさせるんで!」

梓さんの申し訳なさそうな声が真後ろから聞こえてくる。

「いや、大丈夫! 何か面白いね」

 ちなみに、女性陣二人は俺達を気にしながらも、何とか初日の出を見られたらしい。いいなあ。

(そういえば、この二人はどうやって出会ったんだろう? 昔から、っていうことは結構前なのかな)

ふと、そんな疑問が湧いてきた。それをぶつけてみると、梓さんが「なんだろう。いつの間にか付き合ってましたね」と言う。

「高校が一緒で、大学は別だけど家賃折半でシェアハウスして。それで……言うなれば腐れ縁みたいな」

「ふうん……梓さんて確か二十四歳だったよね。舞さんも同じ?」

「同じですー」

「俺達は二人とも、今年で二十七歳。小学生の時からの幼なじみ。高校生の時から付き合ってるんだ」

後部座席の二人が「へええ」と歓声をあげる。

「告白はどっちからだったとか、聞いてもいいですか?」

「俺から。陽輝とずっと一緒に居たかったから。ね、陽輝!」

運転席を見ると耳まで真っ赤な彼がいた。

「うん。まあ……」

「陽輝照れてるう」

「ごめん。運転ミスりそうだから、それくらいにしてくれる?」

照れてる彼を見ていたら、なんだかくっつきたくなってしまう。でもくっつくのは旅館まで我慢することにした。





「何か、時間の割には結構人がいるね。さすが大きな神社」

現在時刻は朝の八時少し前くらい。神社の駐車場からすぐの所には、お土産や観光に良さそうな小さな飲食店がたくさんあって、何というか街全体が観光地といった感じだった。

「車停められて良かった。ネットで見たくらい混み始めるのはもう少し後だろうな」

陽輝の言う、ネットで見た風景はまさに黒山の人だかりといった具合で、さすがにこの中での参拝は嫌だなという話になってこの時間に落ち着いたのだ。

「あ、ソフトクリームあるよ。陽輝」

「良かったな。俺はさっきも食べたからいらないな」

「でも観光地の商品て、ちょっと値段上がりますよね。びっくりしちゃう」

梓さんがソフトクリームのノボリを見ながら呟く。まあ確かにと思いながらも「気に入った場所への投資と考えればいいかも」と伝えた。

「無理しない程度に、好きな店がなくならないように、お金を投資する感じかな。俺はそう思う。俺、この土地は初めて来たけど遊園地みたいで好き! きっと神様もここが栄えていて喜んでると思う……俺しゃべり過ぎ?」

梓さんは頭を横に振る。

「そういう考え方もあるんですね。何か和也さんが神様みたい」

「ええ! どういうこと?」

彼女は俺にニコッと笑いかけて、「なんとなく」と言った。

「何ていうか、和也さんはすごく周りをよく見ている感じがして、あと共感が強いのかなって思ってます」

「うっかり、カメラマンの前に入っちゃうけどね」

「まあ、それはそうなんですけど……私、自分の事ばっかりで前の仕事うまく行かなかったから。私も和也さんみたいなリーダーになりたいです」

「へへ。何か照れるな。ありがとう」

 そんな会話をしているうちに、列は進み順番がまわってきた。

「俺、牧場のミルクソフトで!」

 目線を梓さんにおくると、まだ少し悩んでいる様子だった。

「彼女さんはまだ考え中かな?」

店のおばさんの言葉に反射的に「え? ああ、この人は友達です」と返していた。

「あら、ごめんなさいね」

「ええっと……じゃあ、ベリーソフトと、竹炭ソフト一個ずつください」

 ようやく決まった様子の梓さんが注文を終えた。

「舞さんの分? 勝手に決めちゃって大丈夫ですか?」

心配になってそう聞くと「多分大丈夫」と梓さん。

「何ていうか、舞は人からもらうものは何でも喜ぶんです。好き嫌いとかないし」




「わーありがとう梓ちゃん!」

梓さんの言った通り、舞さんは渡された竹炭ソフトを嬉しそうに受け取った。

「チョコ?」

「竹炭」

「すごーい! まっくろ」

 この二人の関係って何か不思議だなあと思い、そのまま何の気はなしに陽輝を探した。あれ、いないな。

「舞さん。陽輝は?」

「トイレを探しに行きました……あ、あそこじゃないですかー?」

舞さんが木造の小屋のような公衆トイレを指さす。しかしそのまましばらく待っても、彼は現れなかった。

「別のトイレに行ったんですかね? 電話、してみますか?」

「うん……」

梓さんに促され、連絡SNSから掛けてみた。しかし出ない。 『ツーツー……』という音がむなしい。

「どこ行ったんだろう……」

 頭をかすめる数カ月前の萌香ちゃんとの事件。まさかこのまま合流出来ない? という悪い想像をしてしまった。

「も、もう一度かけてみようかな……」

 すると、背後からズザッと何か大きなものが転がるような音がして、俺達は反射的に振り向いた。

「え! 何?」





舞さんに用を足してくると言い、俺(陽輝)はトイレに向かった。ログハウスのような公衆便所は、なるほど観光地仕様できれいだなと思った。そして用事が済んだ俺は、建物横のベンチに腰かけて携帯ゲームをしている幼稚園生くらいの歳の少年を見つけた。

(誰か待ってるのだろうか)

そう思い通り過ぎようとしたのだが、こんなに小さな子が単独でいる事が何となく気になって声をかけた。

「君、一人?」

 そう、古いナンパのような言葉をかけてから、果たしてこれが適切な言葉であったのだろうかという考えが浮かぶ。

少年は一瞬、びっくりしたようにこちらを見たが、また携帯ゲームの画面に顔を戻してしまった。

「しらない人と話しちゃダメってママが言ってた」

それは確かにそうだ。

「ごめん。君みたいな子が一人でいると危ないと思って。ほら、ここ観光地だし」

「かんこーち?」

「ええっと、そうだな……遊園地とかみたいに、家から遠い遊びに行くところ」

そう話しながら、距離感に気を付けて少年の隣に腰かけた。

「今日は、そのママと来たの? 今はトイレにいるのかな」

 そこまで言ってから気が付いたが、この場所には男子トイレしかない。よって、この中にママがいるとは考えにくかった。案の定少年は頭を横に振り「ママどっか行っちゃった。パパも」と呟く。

(恐らく迷子だろう。とにかく和也達と合流してから、どうするか考えよう)

そう考え、とりあえず少年に名前を聞くことにした。

「君、名前は何ていうの?」

「名前はいえない」

「ええっと、なんで?」

「『こじんじょーほ』だから、ダメなんだって。ママが」

「なるほどね……」

 まあ、まだ名前は分からなくていいか。と思い直して少年に移動を促す。

「ママとパパ、お兄ちゃんと一緒に探しに行こうか。さっきも言ったけど、小さい子が一人だと危ないから」

すると、少年は「ちいさい子じゃないよ。もう年長さんだから。もうおにいさんなんだ」と顔を上げ、急にきりっとした表情を見せた。

「そうか。おにいさんか。それはごめんな……あっちのソフトクリームの店にお兄ちゃんの友達がいるんだ。ついてきてくれるかな」

「でも、しらない人についていっちゃダメって言われたから、ダメなんだ」

「うーん……」

困った。話が堂々巡りでまるで進まない。気分は難解な商談といった具合だ。

(何だか昔、取引先の社員と心理戦していた時の事を思い出すな……)

 すると、軽快な音楽が俺のカバンから鳴る。電話がかかってきたのだ。この音は和也だ。

スマホを取り出し、呼び出しに応じようとしたのだが。

「あ! ムリオだ!」

少年が急に立ちあがり、走り出したのだ。

「お、おい! あっ」

うっかり画面に触れて電話を切ってしまった。

(外ならぬ和也からの電話を拒否してしまうなんて……不覚……)

そう思いながらも、少年を目で追うと、なんと彼の行く先に車が走ってきているではないか。直感的に走り、少年を抱く形で転がる。店屋街で比較的スピードを出していなかった車は何とか止まり、道路に転んだ俺達をよけて去っていった。

「危ないから!! 駄目だって、もう……」

立ち上がらせた少年の身体を触り、無事を確認しながらも思わず口にする。

「急に走らないでね! 大丈夫? 痛いところない?」

そう聞きながら、彼の顔を見る。すると、少年の顔がくしゃくしゃと歪んでいき、しまったと思った瞬間に大きな涙の粒があふれ出す。

「ママー!!」

「あーあーごめん! 大きい声出した! 怖かったなあ、俺も怖かった!」

少年を抱きしめて、事態の収束を願うが、全く泣き止まない。周りに人間も集まってきたし、もう最悪、どうしたらいいんだ!

すると、聞き覚えのある声が俺の名を呼ぶ。

「陽輝……?」

「え?」

声の方向を見れば、なんと和也が不思議そうにこちらを見ていた。

「和也……」

「大丈夫? てか、その子は?」

俺は動転しながらも、これ幸いと事の顛末を話した。


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