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第33話 温泉旅行

「わあ」

ある日の定休日。事務仕事をしている和也が間の抜けた声をあげた。

「陽輝、見て!すごいでっかい神社」

どれどれとパソコンの画面をのぞき込むと、どうやらN県の神社らしい。町全体が神域のようなイメージで歴史も古いようだ。

「旅行行きたいなあ……」

チラチラとこちらを見てくる和也。かわいい。

「店の事もあるし……まあ、正月休みに一泊くらいなら……いけるかな」

「やったあ!」

 和也と二人旅か……これは色々と準備が必要かもしれないな。そんな事を考えていたら、和也は予想外の事を話し始めた。

「ねえ。梓さんと舞さんも誘おうよ」

「んん?」

「ダブルデート! 俺、何となく憧れてたんだあ。修学旅行みたいで楽しそうだしね!」

 うきうきと言った様子で、旅行サイトを検索しだす和也。

「楽しみだなあ……あ、もしかしてダメだった……?」

 もう。そんなしょぼくれた顔をされたら、反対できないじゃないか。

「いいよ。誘おう。もちろん、二人が良いって言ったら連れていくんだよ。強制は駄目」

やったーと両手を上げて喜びを露わにする和也。こうして、正月休みに一泊の旅行が決定した。




そして時は過ぎ大晦日。店じまいを終えた俺と和也は俺の運転で、高速道路へと旅立っていた。ちなみに和也は日本の普通自動車免許を持っていない。

「俺も免許取らないとかなあ……」

「いざとなれば俺が運転するし、どっちでも好きにしたらいいよ」

「うーん」

後部座席の梓さんが、意外そうに「和也さんて、免許ないんですね」と口にする。

「俺、帰国子女だからさ。日本で取るタイミングがなくて」

「へええ」と後部座席の二人(梓さんと舞さん)が同時に声を上げる。

「帰国子女? アメリカとかイギリスですか?」

「いや、ドイツ……言ってなかったっけ?」

「すごーい」と二人が同時に声をあげる

「聞いてないです……だから、お店にソーセージあるんですね。あと、あのふわふわした奴。」

「ヴルストとケーゼシュペッツレだね。元々はドイツ料理をメインにしたかったんだけど先代の作った、街の定食屋のイメージも好きだからさ。今は予約制の裏メニューみたいになってるね」

 まだ確定ではないから話さないが、今後は夜営業も増やしていきたいと考えている。二人で話し合って決めた事だ。

(夜に酒とチーズを使った料理を出せるようになれば、和也の夢が叶う……楽しみだな)

「そろそろ、サービスエリアに着くよ。買い物とかお手洗い済ませてね」





サービスエリアに着いた私達四人は、三十分後に車の前集合ということにして一時解散となった。そして私(梓)と舞は手洗いに向かうことにしたのだが……

「結構混んでるね。梓ちゃん」

女子トイレの列は長く、すぐには入れそうになかった。

「仕方ない。並ぶか……」

「ねえ。この後の運転、梓ちゃんだよね。大丈夫そう?」

「あんたみたいなスピード狂に運転させられないでしょう? せいぜい安全運転で行くよ」

 こんなお淑やかそうな顔をして、舞はハンドルを握ると馬鹿みたいに荒い運転をする。彼女には悪いが危なくて乗れたもんじゃない。

「えー」

「えーじゃない。私だけじゃなくて、和也さん達もいるんだから。このままかわいくしててね」

「はーい」

 和也さんに、旅行に誘われたときは驚いた。でも同時に嬉しかった。何だか修学旅行みたいだと彼は言ったが、まさにその通りだと思った。

『あ、もちろん強制はしないよ! 行きたくなかったら断ってもいいし!』

 初日の出を見てから参拝し、旅館に泊まる、というのが旅の日程らしい。誘ってもらえた事が嬉しかったし、別段断る理由はなかった。

「部屋貸し切りのお風呂楽しみー!」

スマホの画面を見ながら、楽しそうに呟く舞。その様子を見て、私は彼女と出会った当時の事を思い出した。




手洗いを出ると、なぜか先ほどまで並んでいた列が短い気がした。

(自分がいなくなった瞬間に空く現象、何なんだろう。皆一斉にここに着いたんじゃあるまいし……)

 ぼんやりそんなことを考えながら、舞を探した。すると、舞は見知らぬ男二人に絡まれていた。

「いいじゃん。遊ぼうよ」

「いや、友達と来てるんで」

「じゃあ、その友達も一緒にどう? どうせ女の子でしょ?」

 うわ。やだやだ。こんな所でナンパ……と彼女の方に近づくと、男の一人がこちらに気が付いた。それを無視して、舞の腕を引いて去ろうとするも、回り込まれてしまった。

「ちょっとちょっと、お姉さんどこ行くの!」

「この子、連れ。悪いけどもう行かなきゃだから」

「えー! じゃあこっちのお姉さんだけ置いて行ってくんない?」

「だから、もう行かないとなんだって! 話聞いてる?」

 話しながらも去ろうとするのだが、とにかくしつこい。舞は大人しくて押しに弱そうに見えるからか、よくこう言った手合いに声をかけられている。

「だからあ! こっちだけでいいって。あんたはいいから」

軽薄な笑顔の裏にある下卑た感情が透けて見える。本当に苦手だ。早く人の多い所に行かないと。

「しつこい……」

「だから、俺達が用事あるのはこっち! 話聞いてる?」

もみ合っているうちに、うっかり突き飛ばされ転倒してしまう。

「痛った……」

「あーごめんねー! じゃあまた、オツカレサマ!」

男達が、強引に舞を連れ去ろうとする。周りにいる数人は見て見ぬふりをすることにしたらしい。

(ああ……くそ……)

また、私じゃ助けられないのか……

 すると、今まで黙っていた舞が大きなため息を吐く。

「あーあ。女の子を突き飛ばすなんて立派な犯罪ですよ」

「はあ?」

「暴行罪。二年以下の懲役または三十万円以下の罰金、勾留、または科料です」

「は? は? 何、何の話?」

「私刑事なんです。今日は非番ですけどね。電話一本で屈強な一課の男が来てくれますよ」

ニコニコしながら、よどみなく言ってのける。男達は、顔を見合わせていたが、舞がスマホを取り出したのを見て、慌てて逃げていった。

「バーカ! ブス!」

「侮辱罪も追加しますよー」

男達が見えなくなった頃。舞が、私に向けて手を差し出す。

「大丈夫? 梓ちゃん」

「うん……ありがとう。大丈夫」

立ち上がると、ちょうど和也さんと陽輝さんが売店エリアから出てくるのが見えた。

「なあに? あの人たち。あんなに走って……トイレかな」

「かもな」

そして、二人がこちらに気が付いて声をかけてくる。

「あの! 売店に珍しいソフトクリームが……あれ、梓さん、何かありましたか? 顔色悪い……」

こちらを見て何か察したらしい和也さんが、心配そうな声を出す。

「大丈夫です。ちょっと変な人に絡まれちゃって……」

「え! それは大丈夫じゃないんじゃない?」

ますます心配そうな様子の和也さん。すると、曖昧に笑う私の代わりに舞が話し始めた。

「あ、何か私が刑事だって言って、仲間に電話かける振りをしたら逃げていきました」

「え、舞さんて刑事なんですか? すごい、かっこいいー!」

「うーん。嘘です! まあ、本当は警察事務なんで、全くの嘘でもないんですけどね!」

そして、「あ」と口に手を当てる。

「捜査一課は、殺人専門だった」

そして「私、嘘が吐けないんですよねー」と恥ずかしそうに笑った。

「これだけ堂々としていれば、問題ない気がするけど……」

「うん。そうだな」

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