それから少しして、面接予定の女性が来た。先ほどの事件に気を取られながらも、俺達はその女性と話した。前回と同じで、履歴書を見ながらの簡単な話し合いだ。こういった場は、店主の俺(和也)が主導的に話し、陽輝は気になったタイミングで発言する、といった形を取っている。
「えと……服飾系の専門学校が最終学歴ですね。前職もアパレル関係のようですが、どうして当店を志望しましたか?」
女性の名前は、五杯 梓。前髪がセンターで分かれた綺麗な黒髪。ピアスの穴はあるが装飾品は無く、第一印象としてはキレイ目な化粧の人と言ったところだ。
(ただ……いくつか気になる所があるな)
穏やかに話し合いが進み、面接も終盤になった。
「では最後に……少し気になったのですが、もしかして頭髪はウィッグですか?」
何というか、生え際に違和感があったのだ。五杯さんは俺の質問に動揺した様子を見せ、一瞬目を泳がせたが、覚悟を決めたようにウィッグを外した。その下から現れた髪は短く、ありていに言えば坊主に近かった。
「確かにこれはウィッグです。元の髪型だとなかなか雇ってもらえなくて……仕事の時にはこれを被りますから、どうかよろしくお願い致します」
座りながら深々と頭を下げられ、困惑してしまう。
「あ、頭を上げてください!」
陽輝の方を見ると、彼も困っているように見えた。
「その……今回は厨房スタッフ募集なので、むしろ清潔感があった方が良いので。こちらとしてはウィッグなくてもいいですよ。抜けた毛も落ちるし」
そう言うと、彼女は不思議そうに、「え……」と不思議そうな声を出した。
「でも、何というか『イカつい』し『女なのに坊主』だし……それに、ホールじゃないとはいえ、お客さんに見えちゃいますし……良いんですか?」
「それなら、厨房スタッフは店主も含めてバンダナや帽子を被るので、そこまで目立ちませんよ。それに、せっかくのかっこいい髪型見せないともったいないです!」
すると、驚いた様子の彼女が急に涙ぐむ。
「ごめんなさい。違うんです。私、前の仕事で失敗して……でもこの髪型とかパンクファッションが好きだから、変えたくないのに一般受けしないから、ウィッグ被って、メイクも変えて就活して……そうしたらなんだか、世界は自分を受け入れてくれないみたいな気持ちになってきて……」
恐らく彼女は、好きなファッションと、日本の窮屈な就職条件の間でずっと悩んできたのだ。彼女に何があってアパレル業界から去ったのかはわからないが、新しい分野でもがく彼女の努力を否定することは、誰にもできないと思った。
「えと……落とす可能性のある装飾品は許可できませんが、邪魔にならない範囲での服装は自由なので。五杯さんさえよければ、ここで働きませんか? ね、良いよね? 陽輝」
「うん。採用です」
彼女は「ありがとうございます」と俺達に礼を言うと涙を拭う。
「良いんでしょうか。こんなに良くしていただいて……」
「いえ、そんな……」
「和也。最後に話す事。俺達の事!」
「あ、そうだね」
俺はコホンと軽く咳払いして、採用予定の人皆に話す事を伝えた。
「最後に確認です。店主の俺と、隣の彼は、人生のパートナー……伴侶です。これを聞いても、まだここで働く気持ちはありますか?」
陽輝のお母さんのように、同性の俺達の関係を受け入れられない人もいる事を俺達は知っている。ありがたいことに、答えはイエスだった。こうして、俺達の店に新しい仲間が増えた。
五杯梓さんは、段々と仕事に慣れてきたのか、さすが元々アパレル店員といった具合に元気に接客するようになった。まあ、ホール担当は陽輝だから、厨房補助の彼女は客前にはあまり出ないのだけれど。
そんなある日。昼のピーク過ぎくらいに一人で来店した女性がいた。淡い栗色のボブカットがキレイで、何というかパートナーがいる俺でも一瞬惹かれてしまうような女性だった。
「お一人ですか。今空いているので、テーブル席にどうぞ」
陽輝がそう誘導すると、彼女はテーブル席ではなく、俺達の近くのカウンター席に向かって歩いてきた。そして。
「梓ちゃん。来たよ!」
そう言い、厨房の五杯さんにキラキラの笑顔を向けた。
「えと……お知り合いですか?」
作業に集中していた梓さんが、女性の方に振り返る。
「え! なんでいるの!」
梓さんの友人だろうか。女性の正体について聞いてみると、梓さんは「お二人になら言っても良いかな」とはにかみ、女性に目配せした。
「この子……舞は私の彼女です」
「彼女でーす」
舞さんが梓さんの後に続いて復唱する。一拍置いて、先に反応したのは俺(和也)だった。
「え、ええ!」
「そんな驚くことでもないだろ? 俺とお前も付き合ってるんだし」
「だって、俺達以外に同性で付き合ってる人って見たことなくて……あ、気を悪くしたらすみません!」
無意識に自分達の関係は珍しいと思っていたけれど、言わないだけで、同性カップルって結構いるのかも。と思った。
「いえ。大丈夫です。同性カップル、この辺に住んでる人たちも結構いますよ。良かったら紹介します」
「へえ……何か新鮮」
「で、舞は今日何しに来たの? 偶然じゃないよね」
「ご飯食べがてら、梓ちゃんに会いに来たの。ファッション以外の仕事がうまく行っているの、初めてだから、何だか嬉しくて!」
舞さんは、急に俺達に頭を下げた。
「和也さんと陽輝さん。梓ちゃんを受け入れてくれて、ありがとうございます!」
その後、舞さんは料理を食べ、去っていった。
「また来ますね」
「私、前に自分の店を出すのに失敗して。一回ファッションから離れようと思ったんだけど、就職もうまく行かないし。部屋にひきこもってばかりで……あの子なりに心配してたんだと思うんです。実際心配かけたし、酷いことも言ったし」
梓さんが仕事の合間にそんな事を話してくれた。
「だから、仕事決まってうまくいっているのを、私以上に喜んでくれて」
「良い人なんですね」
梓さんは頷くと、はにかむように笑った。
「私にはもったいないくらい、いい子です」