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第31話 悪女7

あれから俺達二人は、定食屋の経営という日常に戻った。

陽輝は被害届を出さなかった。彼曰く「面倒だし、時間もないし、そもそも何もされてないし」との事。俺的には少しモヤモヤしたけれど、被害者本人が良いって言ってるんだからいい事にした。

 それでも気になって、あの部屋で何があったのか聞いてみたけれど、「別に。話すような事はないよ」とはぐらかされてしまった。

「教えてよお。俺すっごく心配したんだからね!」

「本当に何もされてないんだ。あの男……北谷って呼ばれてた男。そもそも俺に反応しなかったみたいで、見るからに困ってたし。あいつが飯沼さんに何で従ってるのかは分からなかったけれど、無茶ぶりされて大変だなって思った。本当にそれだけ」

「……萌香ちゃん唇ケガしてたけど、もしかしてキスしたの?」

陽輝がぎくっとしたのが背中越しに分かった。

「あー浮気だあ(笑)」

「違う! いや……確かにキスされた。それは事実なんだけど……縛られてて抵抗出来なかった。ごめん、俺が好きなのは和也だけなのに」

こういう時に変に言い訳しないでまっすぐな謝罪をくれる、誠実な陽輝が俺は好きだ。

「いいよお。許す! だから後でもっといい事しようね。負けないくらいサービスするから」

 手を掴んで甘えると、彼は赤くなって目を逸らした後に、頭を撫でてくれた。

「えへへ、おかえり陽輝!」




 今日は新しい従業員の面接がある。約束の時間まであと三十分。俺と陽輝は早めに、定休日の札をかけたドアを開錠して店内に待機していた。

「どんな人だろうね。何か緊張する」

 前の事件があるから、必要以上に身構えてしまう。最初は身構え過ぎて男性募集にしようかと思ったけど、従業員全員男は華がないよね、と話し合って女性にした。

「和也。二度目は無いと信じたいけど……もし異変を感じたら、俺だけに分かるように合図を送って。『ドカえもん』とか」

「それ、えっちのときの止めてって合図じゃん!」

「それが一番わかりやすいかと思って」

「何か恥ずかしいなあ。良いけど」

すると、ガラガラと入り口のドアを誰かが開けた。もしかしたら、早めに面接予定の人が来たのだろうか。そう思って音の方を見に行くと。

「こんにちは、和也さん! 来ちゃった!」

 くるくる巻かれた長い茶髪。ふわふわしたおそらく流行りの服。飯沼萌香ちゃんその人だった。後ろには北谷さんもいる。

突然の事にあわあわしている俺の後ろからひょいと陽輝が覗く。

「陽輝。ドカえもん……来ちゃった」




萌香ちゃんは、止める間もなく店の中にずんずん入ってきて「なつかしー」と言いながらくるくる回った。

その後は、もちろん追い返そうとしたのだが、彼女はニコニコするばかりで帰る様子はなかった。あと単純に後ろの北谷さんがムキムキしていて怖かった。

(あの時は怒りでどうかしていたから立ち向かえたけど、やっぱり怖い……あと萌香ちゃんは何で来たんだろう……いろんな意味で怖いよ……)

 面接の時間まであと二十分。早く追い返さないと、面接の人が来てしまう。見かねた陽輝が、口火を切った。

「あのさ、飯沼さん。今日は何の用事? 俺も和也も、君たちに好意を持ってないのは分かるよね? あと、この後来客があるから、申し訳ないけど相手してる暇ないんだ」

 最低限の礼儀を含んだ話し方。彼女がした事を考えると、まあ仕方ないのだろうけれど、何だか複雑だ。すると、彼女は頬を膨らませ、陽輝を軽く睨んだ。

「陽輝さんうるさい! 私は和也さんに会いに来たんです!」

「え、俺?」

「はい!」と笑う萌香ちゃん。

「私、男の人に反抗されて殴られたの初めてなんです。いつもみんな私にメロメロだから。私考えたんです! 和也さんみたいにワイルドな人すっごくいいなって!」

「お、俺が……ワイルド??」

 ワイルドという言葉とは無縁の人生を送ってきたつもりだった。というか、そうと言うならどちらかと言えば陽輝の方だと思う。

「もちろん、陽輝さんもまだちょっと好きですよ。安心してください! でも、今は二人とも好きで、どっちかというと和也さんで、なんだろう……もはや二人の組み合わせが尊い? みたいな」

「尊い」

話を無理やりまとめると、今彼女は俺達の関係性に魅力を感じているらしい。何だそれ。どう転んだらそうなるんだ。

「あの、一人で盛り上がってるところ悪いんだけど、結局何をしに来たのかな?」

陽輝が引きつった笑顔を浮かべ、そう問う。

「好きな二人を見に来るのに理由はないですよ! そうでしょ?」

「うーん……」

 全く話が通じない。

「お嬢。そろそろ次の予定の時間が……」

北谷さんが、こそっと彼女に耳打ちする。萌香ちゃんは立ち上がり、「また来ますね!」と店を後にした。残された俺達。隣を見ると、口をあんぐりと開けた陽輝。

「何だあれ。嵐みたいに去っていったな」

「うん……」

「疲れた……移転しようかな」


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