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第30話 悪女6

「陽輝! 大丈夫?」

和也が俺(陽輝)を気遣うように歩み寄る。

「うん。平気」

「本当に? 酷い事されてない? 良かった……」

 ぎゅっと抱き着いてくる。しばらく抱擁し合った後に、「今のうちにこっそり帰ろう」と彼の手を掴み、出口へ向かった。すると、和也は立ち止まる。

「待って。陽輝。まだ用事がある」

 彼は何やらもめている飯沼さんと北谷とやらに近づき……

 飯沼さんの頬に平手打ちをした。

「え」

思わず漏れた声は俺のもの。頬を押さえ呆然とする飯沼さん。予想外の彼の行動に、室内がしんと静まり返る。その静寂を破ったのは、北谷の獣のような息だった。和也の胸倉を掴み勢いよく壁に押し付けるようにすると、「謝れ」と低い声で唸った。

「お嬢に謝れ」

「いやだ」

慌てて和也を助けようと俺も動くも、どうも二人の様子がおかしい事に気が付いた。北谷は拳を握りしめ、今にも殴りかかろうとしている。それなのに、和也は全く動じる様子なくむしろ彼を睨みつけていた。

(こんな和也の顔初めて見た……一体何が起こっているんだ)

「謝れ? それはこっちのセリフだ。彼女は、俺の大切なパートナーに酷いことをした。あなたもです。俺はあなた達二人を絶対に許さない」

 そうか。和也は俺のために怒ってくれているんだ。場違いに感動してしまうが、このままでは本当にいつ殴られてもおかしくない。俺は二人の間に割り入り仲裁に入った。

「和也、もういい。俺は大丈夫だから。帰ろう」

「いやだ! 一言謝ってもらわなきゃ気が済まない」

 俺の事で怒ってくれるのは嬉しいが、これ以上は本当に危険だ。相手が怯んでいるうちに退散しなくては。

「約束しただろ? もう危ない事しないでって。俺なら大丈夫だから」

半ば強引に腕を引いて、部屋をそして店を後にした。


店の入り口に見たことがある気がする顔の男がいて何か話しかけてきたが無視してタクシーを拾い、和也を後部座席に押し込む。

「えっと……ところでここ、どこですか」

「はあ?」

「K県の端っこ。陽輝くん」

「家からだいぶ遠いな。とりあえず大きな駅向かって進んで……って何であんたも乗ってるんだよ!」

 入口にいたどこかで見た様な気がする男が、何故か和也の隣にいた。既に発車している為に降ろすことも出来ないし、そもそも誰なんだこの中年男。

「どこかで会いましたっけ?」

「うーん。俺的には思い出してほしくないかもしれない」

「佐藤実さんだよ。ほら、昔湘南で店やってた」

「ああ!! あんた何でこんな所に! 和也から離れろよ、くっつくな」

「無茶言うなこんな狭い車内で」

「お客さん暴れないでください!」



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何やかんや大通りまで出た俺(和也)と陽輝+実さんはタクシーを降りて、近くにあったチェーンのファミレスに入っていた。

「……で。何であんた付いて来てるの」

 陽輝が甘いコーヒーをすすり、渋い顔を実さんに向ける。

「なに。命の恩人に対してその言い方は酷いんじゃないの?」

「命の恩人?」

 実さんはニヤリと笑い続ける。

「俺があの店を和也に教えたんだよ。そうじゃなきゃ、陽輝くん今頃やばかったんじゃないの?」

確かにそうだ。それは陽輝も分かったようで、それ以上は何も言わずにいた。そして、俺は、その交換条件に提示されたものを思いだした。だから実さんは付いて来ているんだ。

(俺、緊急時だったとはいえとんでもない事を約束しちゃった。どうしよう……)

 陽輝以外とそういう行為をする事を想像してみたら、気分が悪くなってきた。でも、約束は守らなくては。

「実さん。あの……お礼の話なんですけど、また後日連絡します」

 何も知らない陽輝が、不思議そうに俺と彼を見比べていた。

「お前、あれから俺の事ずっとブロックしてるよな。まあそれは置いといて。お礼はいらないよ」

「え?」

 実さんは少し笑うと続けた。

「あれから、俺も色々あってさ……若気の至りっていうか、あの時は悪い事したなってちょっとは思ってたんだ。そんな時にお前がまた現れて……最初は素直に謝ろうと思ったんだけど、また悪い癖が出ちまってな。からかいたくなった」

 そして、彼は俺に頭を下げた。

「あの時は怖い思いさせてごめんな。和也」

 突然の罪の告白に、ぽかんとしてしまう俺。隣を見ると、胡散臭いものを見る顔をしている陽輝。

「もちろん許してほしいなんて言わないけどさ、一応気持ちは伝えておきたくて」

すると、会話を聞いていた陽輝が「帰ろう」と席から立ち上がる。

「佐藤さん。今日の事は礼を言います。けれど、あの時和也にした事を許す気はありません。ここの支払いも俺がしますから、どうぞこのままお帰り下さい」

 そして伝票と俺の手を握り、通路を進みだす。

「あ、陽輝。待って……」

 陽輝に腕を引かれながら、ちらりと実さんの方を振り返る。彼はこちらにひらひらと手を振っていた。その笑顔が何だか寂しそうで、それが酷く印象に残った。

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