「ここですか?」
実さんについて行った先。何てことないビルの二階。見た目には普通の夜の店にしか見えないけれど、本当にここに陽輝がいるのだろうか。
「いらっしゃいませ」
迷わず入店する実さんに、慌ててついていく。
「こいつの連れ探しててさ。ここにいるって聞いたんすけど。知りません? こーんな感じに目つき悪い黒髪の男なんだけど」
指で自らの目を吊り上げて見せる実さん。と、黒服の男性が彼の様子にわずかに反応した気がする。
「困ります。そういう目的での入店はちょっと……」
そう言いつつ、目線で他の黒服に合図を送っている。怪しい。
「いやいや、別に女の子いらないって訳じゃないよ? ただ、ここにいるって聞いたから……あ、こっちかな?」
そう言い店の奥にどんどん進んでいく。最初の黒服が、実さんの腕を掴んで、「困ります」と凄みを効かせる。と、黒服の身体がぐるりと回転して倒れる。よく見えなかったが実さんが何かしたらしい。他の黒服がどよめき、一様にある部屋に目をやる。
(きっとあの部屋だ!)
瞬間的にそう感じ、気が付いた時には走り出していた。
「陽輝! はる……」
と、もう少しでドアノブに手が届くといった所で、大きな壁にぶつかった。いや、壁じゃない。人間だ。スキンヘッドで体格の良い黒いスーツの男性がこちらを睨んでいる。あわあわしていると、難なく小さい俺は首根っこを持たれ吊り上げられてしまう
「お帰り下さい」
「あ、いや……! 待って下さい! 俺この部屋に用事が……」
スキンヘッドの男性は、機械的に「お帰り下さい」と口にするだけで全く話を聞いてもらえそうにない。そのまま店の出口まで連れていかれそうになる。
「やだ、離して……!」
ぶらぶらしながら暴れるも、どうしようもない。と、男性の股間辺りに膝が届くことに気が付いて、勢いをつけて思い切り押しこんだ。怯んだ隙に、手を振りほどいて奥の部屋にダッシュする。ドアノブを捻るも鍵はかかっていなかった。
「陽輝? いるの?!」
部屋の中には、大きなベッドがあり、腕を縛られた陽輝がいた。そしてその上に大きな男が覆いかぶさっている。
「な……やめて!」
男性を両拳で叩くようにして退けようとするもびくともしない。陽輝のシャツはボタンを引きちぎった様に破れていて、何が起こっているのか理解するのを頭が拒んだ。
「陽輝を、放して!」
「和也! 何でここに……!」
陽輝が驚き慌てた様子でそう叫ぶ。
「俺の事は良いから、早くこの場所から逃げろ!」
「やだ! ずっと一緒にいるって約束したもん!」
男の人が俺の方を向く。長い黒髪のすき間から見える瞳は青い。顔立ちから見てもどこか海外の血が入っているようだ。ベッドから降りて立ち上がった。身長が大きくてまるで自動販売機と向かい合っているようだと思った。気圧されてしまうのを悟られないように、目を離したら負けだと思い、相手を見上げた。
「陽輝を解放してください」
相手は答えない。ぼうっとしたような様子で、ただ俺を見ていた。一瞬言葉が通じないのかと思ったがそうではなかったようで、しばらくすると彼は口を開いた。
「それは、出来ない」
「な、なんで!」
「俺はその男に危害を加えるように命令されたから。だから解放は出来ない」
意外と話し合いができるのかと思ったけれど、話ができるだけで通じるわけではないらしい。かといって、正面から戦って勝てる可能性はゼロだ。話し合いで突破口を見つけなければ。
「あの、ところで、萌香ちゃんはどこに……」
ただ話を変えよう思っただけなのだが、男は突然目をむき俺の胸倉を掴んできた。
「気安く名前で呼ぶな」
正直怖くて仕方ないが、極めて冷静に対処しようと思った。そうしなければ相手のペースに飲まれてしまうから。
「ごめんなさい。いつもそう呼んでたから……飯沼さんはどこにいるんですか?」
冷静にそう聞くと、男は俺をおろしてくれた。
「……氷を取ってくるって言って外に。この男が怪我をさせたから」
そう言う男の目は、まだ先ほどの怒りを残していた。
「陽輝が彼女に怪我をさせたの? それはごめんなさい」
頭を下げると、男は不思議そうに首をかしげて「なんで」と呟いた。
「なんであなたが謝るんだ。怪我をさせたのはこの男で、あなたは関係ないのに」
「そうですね。でも、俺達は二人で一つだから。それだけ彼の事が大切なんです。」
そうして、俺はまた頭を下げた。
「だから、お願いします。陽輝を返してください」
男は、少し考える様子を見せると陽輝に向き直り、彼の腕の結束バンドを引きちぎった。
「これでいい?」
「え? ああ、はい。ありがとう……」
あまりのあっけなさに拍子抜けしながらも、感謝を口にした。
「良いんですか? その……命令されたんじゃ」
男はまた俺の方を向き、何か言おうとしたように見えた。その時。
「あー!! なんか騒がしいと思ったら!」
気が付くと、入口で氷袋を持った萌香ちゃんがこちらを見ていた。
「何でいるの! 何で自由になってるの! 見張っててって言ったじゃんバカ谷!」
癇癪をおこしたように地団太する萌香ちゃん。ズンズンと男の人(バカ谷さん?)の方に進んでいき、見上げるようにして胸をポカポカ殴った。
「バカ! 役立たず!」
「すみません……ところでお嬢、怪我は大丈夫ですか?」
萌香ちゃんの身長は一六〇センチくらいだと思うが、二メートルはあろうかという彼に持ち上げられてしまうと、さながら子供みたいに見える。
「大丈夫だから離して! もう子供じゃないんだから!」
二人のそんな様子を呆れながら見ていたら、陽輝の事を思い出してはっとした。彼の方を見ると、痛むのか右手首をもう片方の手で擦りながら二人を見ていた。
「うーん。もう帰っていいかな……」
そう呟いてベッドから立ち上がる陽輝と合流した。