目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第28話 悪女4

飯沼さんが通話を切った音がした。

「あーあ! 全く強情なんだから。お二人ってほんと、似た者同士ですね」

俺(陽輝)は、少し前に目覚めたのだが、周りは薄暗く、真っ先に見えたのは知らない天井で。しかもベッドの上で腕を上げて縛られているようで、すぐには状況を理解できなかった。

そしてだんだんと、彼女にどこかの部屋に拉致された事を悟り、今に至る。

「陽輝さんも陽輝さんですよ! こんなにかわいい彼女、欲しくないんですか?」

「いや、だから俺彼氏いるし、悪いけど君とは付き合えない。こんな真似されたら余計にね」

彼女はというと、軽く頬を膨らましてみせると、「ならこういうのはどうですか?」と言い、服を脱ぎだす。あっという間に下着姿になり、ゆっくりとベッドに上がってくる。俺を跨ぐような形になった彼女はいつもと同じように笑った後に、口付けてくる。

「陽輝さんて、私の胸好きでしょう? 見てればわかりますよ。ほら、赤くなってる」

確かに俺は、高校生の時に和也と付き合うまで、大きい胸の女性が好きだった。しかしそれは思春期の男が皆通る道というか、はしかみたいな物で……要するにこれは浮気じゃない。はずだ。

「あ、今和也さんの事考えてるでしょ!浮気だとか」

(まだ、浮気じゃないって!)

「こんなにかわいい子が前にいるのにひどいんですね」

 そして胸を押し当てまたキスをしてきた。出来る抵抗は一つで、少し気が引けながらも彼女の唇に嚙みついた。

「痛っ!」

すると、悲鳴を上げた彼女に反応するように、壁に背を向けて立っていた男が初めて動きを見せた。

「お嬢!」

「痛ったい!女の子の身体傷つけるなんて何考えてるの? もう最悪! 北谷、血出てない?」

北谷と呼ばれた男は、筋肉質な身体と長めの黒髪を揺らしながら、俺達の方へと駆け寄ってくる。

「少し腫れてます……氷で冷やした方が。ああ、俺取ってきます」

「そんな事より! こいつ、もういらない。氷くらい自分で用意するし」

乱暴にベッドを降りた彼女は、服を着ながら「北谷」と男を呼ぶ。

「男同士の行為ってどうやるかわかるよね?」

「まあ、何となくは」

「今、ここでやって。こいつと」

「俺が、ですか」

「他に誰かいる?」

「いえ」

男は俺に向き合うと「分かりました」と感情の見えない声で言った。

 今度は男に組み敷かれる。長い前髪の奥の瞳が見えた。それ自体が光を放っているような錯覚に陥るほどに綺麗な青だった。その瞳から、大した感情は読み取れない。

「あんた、男とした事あるの」

そう問いかけると、男は「いや」と答える。

「ない」

「準備、結構時間かかるよ。それに、ここでするような事じゃない。何であんな子の言いなりになってるの」

 すると、男は俺のシャツの胸元を掴むと、一気に引きちぎるようにした。

「俺は、お嬢の為なら何でもする。犯罪でも、男の相手でもな」





『陽輝さんを私にください。いいですよね?』

ビデオ通話でそう問われ、答えることが出来ずにいると、一方的に通話が切られてしまった。

「待って! 待ってよ……」

 無情にも表示される待ち受け画面。動揺していて、今度は彼女の背景を観察する余裕は無かった。本当に彼の行方への糸口が消えてしまった。

 待ち受けで笑う俺と陽輝を見つめ、ついに膝を折り泣き崩れる俺を見て、周りの人たちがざわつく。

「えっと和也……大丈夫? 何かあったのか?」

実さんが、場違いな声でそう聞いてくる。その声に答える気力もなく泣きじゃくるしかない俺。陽輝にもう会えないかもしれないという未来を考えてしまい、絶望した。

「さっきの子って、もしかして飯沼萌香?」

「え……」

 その言葉に、思わず実さんの足元に掴みかかるようにしていた。

「萌香ちゃんを、知ってるんですか!」

「ああ、うん。この辺の遊んでる界隈で有名だから。嫉妬深くて狙ったものは必ず手に入れるって。あと何かボンボンで付き人? みたいなでっかい男がいて、そいつの忠誠がやばいって」

それだ。でも、それが分かった所でどうしたらいいんだろう。結局場所が分からなければ陽輝を助けられない。それに、仮に場所が分かっても、弱い俺だけで何とかなるんだろうか。どうしたら……どうしたら……

「えっと……一応、彼女がよく使ってる場所知ってるけど……情報いる?」

「い、いります! 教えてください!!」

「じゃあ、取引だ。お前は、俺に何をくれる?」

「え?」

 突然の取引という言葉に、戸惑ってしまう。実さんはと言うと当然と言った様子で「だからあ」と語気を少しだけ強めた。

「対価だよ。対価。あいつ……陽輝くんだっけ? 拉致られたんだろうけど、俺昔ボコボコにされてるし、正直どうでもいいんだよね。でもお前が俺に何かくれるんだったら、まあ教えてもいいかなって。」

「お金、少しなら……」

「金には困ってない。ほら、腕時計見る?」

「じゃあ、えと……」

「察しが悪いなあ。例えば、例えばだよ?」

 彼は俺の前に屈むと、俺の頬をなぞるようにして薄く笑った。

「この前の続きとかもあり」

「な……」

青ざめ、思わず腰を抜かしてしまう俺を見下ろしてくる実さん。一気に襲われそうになった時の記憶が思い出された。怖い。でも、きっと他に方法はない。

「いいです。何でもやります……」

「やる、かあ。何か生意気」

「やらせてください! 何でもしますから……」

「仕方ないな。そんなに言うなら。行くよ和也」



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?