約束の時間、十分前に到着していた陽輝に気が付かれないように、物陰から俺(和也)は彼を見守っていた。
(ちょっと悪趣味だけど、気になって来ちゃった……)
彼の性格上、十分前行動だというのは分かったが、さてこの後どうなるだろうか。
(それにしても遅いな萌香ちゃん。もう約束の時間になっちゃう……あ、陽輝イライラしてる)
そうするうちに遅れて彼女は現れ、彼と少し言葉を交わした後に歩き出した。その姿は、陽輝をよく観察しなければ仲睦まじく見え、本物のカップルのようだった。その姿に、何とも言えない気持ちになった。
(変な感じ。俺以外と陽輝が仲良く歩いてるなんて。おもしろいけど、ちょっとモヤモヤするな)
そうして、彼らについていくと、大型のゲームセンターに着いた。少し物色すると、UFOキャッチャーに萌香ちゃんがトライし始める。なかなかとれない。正直言ってヘタクソだ。見かねた陽輝が一回プレイすると、なんと簡単にとれてしまった。萌香ちゃんが飛び上がって喜び、陽輝に抱きつく。
(うわあ、これはちょっとキツイな。俺の恋人なのに……)
もだえている俺を、通りすがりの男性が不思議そうに眺めていく。
次に二人が訪れたのは、駅近くの小さなカフェだった。小さなモンブランとコーヒーを二人で向かい合い食べていた。会話の内容までは聞き取れないが、何だか楽しそうに見えた。
(そういえば、陽輝って大きな胸が好きだったよな。大丈夫、だよね?)
そこまで考えて、頭をふるふる振った。
(陽輝に限って浮気なんてありえないだろ。しっかりしないと……)
でも、彼は顔も整っているし、やさしくて、人嫌いな性格のことさえなければモテそうだ。実際、高校の時に陽輝をこっそり狙っていた女子は結構いた。もし、もしも陽輝が女の子と付き合っていて、結婚して普通に子供を育てて……なんていう想像が頭を掠めた。
(ちょっと複雑。早く終わらないかな……あれ?)
そこで気が付いた。二人がいない。どこに行ったんだ?
「あれ? あれ……」
いつの間にいなくなったんだろう。全く気が付かなかった。俺はなすすべもなく立ち尽くすしか出来なかった。
「陽輝さんて、本当に大人って感じですね」
あの後仕方がないから早めに開店しているバーに行き、今に至る。ところでこの子、知ってか知らずか高い酒ばかり頼んでいるが金を払う気はあるんだろうか。
「私、好きですよ。陽輝さんみたいに一途な人」
「そうですか」
俺は全く好きじゃない。酒が回ったのか退屈なのか、少し眠くなってきた。
「興味があります。あなたみたいなミステリアスな人。もっと知りたいな」
俺の手の甲にふわりと手を重ねてくる。その手をやんわりかわして、形だけ感謝を伝える。
「今日一日で、私の事好きになってくれましたか?」
正直、好感度は下がっていく一方で、一刻も早く帰りたい。やんわりそれを伝え、一度手洗いに立った。
(もう少しだ。頑張れ陽輝。今日一日を乗り切ればまた和也に会える……)
席に戻ると、残っていたカクテルを飲み干して、多めに金を渡す。
「そろそろ帰らないと、和也が心配するから。飯沼さんも気を付けて帰ってね」
そう言い、席を立とうとするのだが、彼女は俺の上着を掴んで「まだ帰らないで」と言う。
「何で私のこと好きにならないんですか?」
「だって、俺そもそも彼氏持ちだし、ちょっと君はわがまますぎるし。理由は全部かな」
うっかり本当の事を言ってしまい、少し後悔した。接待の場で相手を立たせるのはビジネスの常識だからだ。案の定彼女は顔を覆い泣く真似をしてみせた。
「ひどい! 陽輝さんは私のこときらいなんですね」
(最初からそう言っているようなものなんだけどな)
そう、彼女の図太さに呆れていた時だった。急激な強い眠気が俺を襲った。
「なん……だ、これ……」
頭を上げていられなくて、カウンターに倒れる。最後に見たのはにっこりと笑った彼女の顔で、何かされたと気が付いた次の瞬間には、俺の意識は途絶えていた。
陽輝を見失った俺は、彼が行きそうな店を片端から探していた。検索で『駅周辺』『店』など彼が検索して行きそうな店も探した。
(どうしよう。全然見つからない……)
俺が目を離したから。どうしよう。気持ちばかりが焦ってしまう。
するとスマホが鳴る。画面を見れば陽輝だ。良かった連絡が付いた。そう思い、画面を確認したのだが。
「何だ、これ……」
そこに添付されていた画像を見て、困惑する。
写っていたのは、どこかのバーカウンターに突っ伏して寝ている陽輝。頬にはピンクのキスマークが付いている。それをバックに萌香ちゃんが自撮りしているといった様子だ。そしてなんと文面には『わたしの♡』とある。
さすがに腹が立って、『ふざけないで』『今どこ?』とメッセージを連投する。しかし、既読になるのに返事が帰って来ない。
(落ち着け和也……写真をよく観察するんだ。どこかに場所のヒントが……)
そして、カウンターの奥に店名が見切れていることに気が付いた。検索すると、簡単にヒットした。
(待ってて陽輝。今行くから……)
店名から調べて向かった店の前に着いた。恐る恐るドアを開けると、狭い店内の中を見渡す。
(……いない?)
マスターらしき男性と数人のお客さんが、こちらを不思議そうに見ていたので、聞いてみる。
「あの、さっきまでここに変な二人がいませんでしたか? えと……この二人です!」
先ほど送られてきた写真を見せると、マスターが「ああ」と反応した。
「この方たちなら、先ほど出ていかれましたよ。もう一人と合流して」
「え、どこに。というかもう一人って?」
「スーツ姿の若い男性でした。てっきり、酔いつぶれたご友人を迎えに来たのかと……」
「ええ?」
全く心当たりがない。というか、陽輝に俺以外の友人はいないはずだ。
「あの、三人がどこに行ったとか知りませんか? 何でもいいんです。ヒントを……」
そう聞くも、マスターもお客さんも困ったように首を横に振った。
「さあ……」
結局、行方が分からないまま店を出ていくしかなさそうだった。そして外でもう一度連絡を取ろうと出口に向かった時だった。目の前の出入り口のドアが開く。
「マスターお久しぶり」
入ってきた人物を見て、驚いた。と同時に身体がこわばる。
「あれ、お前……和也か?」
ラフなシャツにハーフパンツ。日に焼けた肌に傷んだ茶髪。実さんだ。そのままに気まずい沈黙が流れる。
「お知合いですか?」
マスターが俺達の微妙な空気を察したのか、声をかけてくる。
実さんは、ちょうど俺達が俺の実家で同棲を始めた頃に、縁を切った知り合いだ。経緯は……あんまり思い出したくないかも。
「ああ、まあそんな感じ」
実さんは、頭を掻きながらそう答えた。
「和也。あの時はごめんな。俺も若かったから……」
「いえ……大丈夫です」
正直、全く大丈夫ではない。ああ、こうしている場合じゃない。陽輝を探さないと……でも、どこを探せば?
と、またスマホが鳴る。今度はビデオ通話のようだ。
「もしもし? 陽輝?!」
「こんばんはー和也さん!」
そこにうつったのは、萌香ちゃん。いつもと変わらぬ笑顔で、手を振っていた。
「ねえ今どこ? 陽輝は?!」
「安心してください。ちょっと眠ってもらっているだけですから」
ああでも、と彼女は考える様子を見せた。
「次の質問に対する和也さんの答え次第では、ちょっとわからないです」
「そんな……何でこんなことを」
「質問はこっちからですよっ」
彼女は人差し指を立てて、かわいらしいポーズでこう言った。
「陽輝さんを私にください。いいですよね?」